小幡和輝オフィシャルブログ

約10年の不登校を経験後、高校3年で起業。 もっと詳しい自己紹介は下の記事を! 社会のギモンに切り込んでいきます。

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僕は小学校から10年間、不登校でした。だけどさまざまな出会いやきっかけがあり、高校生3年生の時に起業しました。僕の経験が同じように不登校で悩んでいる子の役に立ててばと思い、今までも僕の実体験をもとに発信てきました。だけど不登校にはいろんなタイプがあるので、僕の体験がすべてに当てはまるとは思っていません。ということで、不登校の経験がある方々との対談企画を全8回に渡ってお届けします。
たくさんの事例の中で共通することはなにか。また不登校の経験がいまどのように活きているのかを聞いてきました。

第3回のゲストは、河合未緒さんです。

※この対談は、書籍「不登校から高校生社長へ」に収録したものを、一部加筆・修正したものです。

河合未緒

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ネット上で不登校経験者と不登校生が相談できるサイト「Clue」・元不登校生のインタビューサイト「Load」をリリース。インバウンド事業で日本人・外国人向けに簡単に着れる着物&帯を販売。

小幡和輝:不登校になった経緯はどんな感じだったんですか?

河合未緒:簡単に言ってしまうと、学校でいじめに合ったことが原因です。

女子特有のいじめで暴力的な目に見えるいじめではなく、わかるかわからないかのジワジワ精神的に追い詰めていく感じで、ちょっとノイローゼ気味になりました。

学校の先生に相談をしたところ、目に見えないから明確なことをわかってもらえず「それはいじめられているわけではない」と言われてしまいました。

親には長男長女特有の中々相談出来ないという感じで、1人で抱え込んでいたら精神的にやられてしまってある日、何かが壊れたって感じですね。

小幡:家入さんの話にも繋がりますね。

河合:そうですね。家入さんの話と似ているというか、共感する部分が多々あります。

小幡:僕もそれはありましたね。何で行きたくないのかと言われても、これという決定的な理由はなくて。

僕はいじめられるというよりかは、空気が合わないというか、いじめよりも更に難しく、向こうはいじめてる気もないんだけど。何かあるじゃないですか。

集団の中に上手く馴染めない。僕的には居心地が悪い空間なんだけど、向こうはいじめている気持ちはないみたいな。

河合:私も結局そういう感じですね。向こうはいじめてるって感覚はなくて。

小幡:僕の場合は小学2年生の中盤くらいに、殴られるというわかりやすいいじめが起きたんですよね。それで逆に言うと救われたというか決め手になって行かない理由が出来た。

逆にそれが良かったんですよね。周りからもわかるじゃないですか。

先生は助けなきゃいけないと思うし、空気感てすごい難しいから。空気感でいじめられるというか居心地が悪くなるとかなり厳しいんだろうなって。

河合:そうですね。大きな理由がないと学校に行かなきゃいけないという部分が社会の風潮としてあるじゃないですか。

日本は行かない選択肢は「ない」っていう感覚に近いんで。

小幡:結局殴る蹴るくらいのいじめになれば対処しやすいっていうのはありますよね。

周りにもわかるし、殴られて帰ってきたら親は大丈夫か?ってなるし。そこで結構悩んでいる子も多いと思うんですよね。クラスに馴染めないみたいな。

河合:特に女の子は多いと思いますね。女の子の相談をよく受けるんですけど。

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小幡:学校に行かなかったのはいつの話ですか?

河合:中学校3年間丸々ですね。

小幡:中学でもそういうことあるんですね。

河合:中学の方が独特の思春期を絡んでいるんで小学生より陰湿ですね。

周りと精神年齢も合わないっていうのもありましたけどね。私は逆にそいうのがあんまりなかったんで。

精神年齢が若干大人びていたというのもあって。可愛げのない子供だったんですけど(笑)

ただ、そこでいじめられて学校に行かなくなったからこそ、コミュニケーション能力の大切さに気付いたし、それがないともっと人と接するのが下手だった気がします。

世間に馴染むためのきっかけというか、後々考えてみたらそうだったんだろうなと。当時は相当苦しかったですけどね。

小幡:その時親の反応はどうだったんですか?

河合:親は学校に行けの一点張りだったので余計に辛かったですね。家にも居場所がない感じがしたので。

家に居場所があったっていう人の話を聞くと羨ましいなって思います。それだけでだいぶ救われるんで。

小幡:不登校気味だったんですか?完全に不登校でしたか?

河合:完全に不登校でした。

小幡:完全に不登校だったけど親はそれでも行けと?

河合:そうですね。今回の対談で居場所がそれぞれ合った人は救われている感じがしたんですが、それもなかったんで、そこがだいぶ大きいですよね。

小幡:そっからどういう風に戻っていったんですか?

河合:高校ですね。定時制高校だったんで、周りも不登校だった子もいたし、いきなり全て出席しないで、たまに休んだりもして徐々に毎日行くようになりました。

やっぱり時間は掛かりますよね。

自分としては家入さんもおっしゃってたと思うんですが、学校に行きたくないわけではなくて、同じようにみんなと一緒のレールの上を歩きたい派だったんです。

学校に戻りたくて仕方がなかったので、自分で行きたいという気持ちがあった。他には高校で出会いもあったんですが、やはり居場所を見つけられたのがあります。

学校だけだときつかったんですけど、途中で美術部に入ってそこで居場所を見つけたって感じだったんで。美術部に入らなかったら、もしかしたら卒業が伸びていたのか、退学をしていたかもしれません。

小幡:中学校時代はずっと家にいたんですか?

河合:ずっと家にいましたね。習い事とかをしていて、きついと思うんですがそのまま学校行かなくなってもそれを続けるとかだったらまだ少しは可能性があったんですが。

中学に入るタイミングで勉強に集中したかったので、全ての習い事をやめてしまったんですよね。

学校に行かなくなってから、新しく居場所を見つけるとなると厳しいところではありますよね。

小幡:そうですよね。同じ地域の人だと同級生に会うじゃないですか。学校に行ってないことを突っ込まれたくないから、外にあまり出たくないんですよね。

登下校の時間はあえて避けて移動したりしていましたね。

河合:会いたくないですよね。車で移動する時も見られたくなくて、車の中でも常にしゃがんで窓から見えないように移動したりもしていました。

小幡:僕はカードゲームを地元ではなくて、電車で1時間かかるところでやっていたんですよ。地元のカードゲームする場所もあったんですが、そこに行くと学校の子に会うので避けてました。

そう考えると離れたところに行って居場所を作るのはありかもしれないですね。転校までは行かなくてもコミュニティを一旦変えてみるというのはすごい大事な気がしていて。

河合:私、転校したんですよ。違う学校に行ってみたけど、学校へは行けなかったですね。誰も信用できなくて人が怖いから始まっていたので。

人に対する恐怖心をある程度緩和させてから転校とかしないと、結局行けなくなっちゃうんだとうなと思いますね。

小幡:僕の場合は学校に行ってなかったですけど、行ってなかった時に、カードゲームショップとか適応指導教室とかがあったので。

学校に行っていないというだけで毎日のようにみんなで遊ぶし、勉強もたまにするし。結局、家にずっといたことがほぼなくて。

学校に行かなくても、他のコミュニティに入ったり、人とコミュニケーションとれたりする環境なら本気で行かなくていんじゃないかなって思います。

カードゲームショップでは僕のことを不登校だって誰も知らなくて、そのくらい見ても誰もわからないんですよね。

学校に行ってなかったけど、まぁまぁ明るかったんで、ちょっと変わった例かもしれないですよね。明るい不登校みたいな。

河合:それは人が怖いっていうのがあるかないかだと思うんですけど、親に責められたりしました?

小幡:最初はそうでしたね。毎朝喧嘩でしたし。

河合:その状態で人間不信にはならなかったんですか?

小幡:いとこの存在が大きかったと思います。いとこの家が実家から徒歩2分だったのでありがたかったかなと思います。

河合:今は核家族ですもんね。そういう問題も絡んできていますよね。

昔は近所の人の目があったり、親戚が近くにいたり、自然と他にコミュニティだったりコミュニケーションを取る機会が多かったと思うので、そこで救われる部分もあったりしますからね。

小幡:近くに親戚がいる地域だと、極端な話、学校に行かない選択をした時に親戚に預けてお母さんが働くことも出来ますが、都会で家族だけ孤立していたら、そもそも家に子供だけを残しておくことが出来ない。

地域コミュニティが改めて大事だなと思いますね。

河合:私も親が転勤族だったんで、ずっと昔からの知り合いがいなくなってしまったというのも影響していると思います。

後編はこちら

不登校だから時間がたくさんある?それなら学校へ行くより価値あることをやろう。河合未緒×小幡和輝対談(後編)

他の対談はこちら

大量生産モデルの学校に馴染めない子は社会不適合なの?JERRYBEANS×小幡和輝対談(前編)

ある日を境に一人ぼっちに。逃げ続けた先に見えた、好きと才能を生かす世界。家入一真×小幡和輝対談(前編)

田舎ならではの狭いコミュニティが辛かった。吉藤オリィ×小幡和輝対談(前編)

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小幡和輝の新書はこちら

学校は行かなくてもいい漫画付き.001




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小幡和輝へのお仕事依頼について

NagomiShareFund & 地方創生会議 Founder/内閣府地域活性化伝道師

1994年、和歌山県生まれ。約10年間の不登校を経験。当時は1日のほとんどをゲームに費やし、トータルのプレイ時間は30000時間を超える。その後、定時制高校に入学。地域のために活動する同世代、社会人に影響を受け、高校3年で起業。様々なプロジェクトを立ち上げる。

2017年、47都道府県すべてから参加者を集めて、世界遺産の高野山で開催した「地方創生会議」がTwitterのトレンド1位を獲得。その後、クラウドファンディングと連携した1億円規模の地方創生ファンド「NagomiShareFund」を設立し、地方創生の新しい仕組みを構築中。GlobalShapers(ダボス会議が認定する世界の若手リーダー)に選出。

「高画質」 小幡和輝プロフィール 横長


メディア出演 NHK・フジテレビ・日本経済新聞・The Japan Times など
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僕は小学校から10年間、不登校でした。だけどさまざまな出会いやきっかけがあり、高校生3年生の時に起業しました。僕の経験が同じように不登校で悩んでいる子の役に立ててばと思い、今までも僕の実体験をもとに発信てきました。だけど不登校にはいろんなタイプがあるので、僕の体験がすべてに当てはまるとは思っていません。ということで、不登校の経験がある方々との対談企画を全8回に渡ってお届けします。
たくさんの事例の中で共通することはなにか。また不登校の経験がいまどのように活きているのかを聞いてきました。

第2回のゲストは、家入一真さんです。

※この対談は、書籍「不登校から高校生社長へ」に収録したものを、一部加筆・修正したものです。

家入一真

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1978年福岡県出身。中学2年から登校拒否、極度の引きこもりに。県立高校を1年で中退後、大検を取得し東京芸大を目指す。新聞奨学生をしながら芸大予備校に通い留年するが、父親の交通事故や自己破産などがあり、止むを得ず就職。

デザイン会社に入社し、在職中にウェブサイトのデザインや開発に興味を持つ。22才で株式会社paperboy&co.を福岡で創業、ロリポップレンタルサーバー、ムームードメイン、カラーミーショップ、ブクログなどを立ち上げ、25才で株式の一部を株式会社GMO(東証一部)にバイアウト。29才でJASDAQ市場、最年少で上場する。

現在は、クラウドファンディング「CAMPFIRE」代表取締役CEO。スマートEC「BASE」共同創業取締役。他、多数の企業の役員や顧問を務め、50社程のスタートアップ・ベンチャー投資も行う。また、現代の駆け込み寺(シェアハウス)「リバ邸」などの居場所づくりを行っている。

小幡:現在は講演や社長として世に話題性を提供され影響力のあるキラキラした社長というイメージが強いですが、当時の経験が活きている部分はありますか?

家入:良くも悪くも自分の弱さを受け入れられたのかな。自分はすごく弱い人間なんだということを、割と早いタイミングで認めることが出来たのはすごく良かったなと思っていて。

それが受け入れられなくて苦しんでいる人ってたくさんいるじゃないですか。

自分自身の中からかもしれないし、外からの圧力である場合もあると思うんですけど、「もっと強くならなきゃいけない」「自分はもっと出来るはずだ」とか。

それが良い風に働くこともあると思うんですけどね。

今の自分というものを否定して前に進もうとするのがすごくモチベーションになったりエネルギーになったりもするんだけど、一方で自分の心を疲弊させる原因にもなったりする。

ある学校の校長先生に呼ばれて、講演に行ったんですが、その時に「夢なんて持たなくていい」と話したんです。

夢を持つことである種の強迫観念を植え付けられて押しつぶされてしまうこともある。

このことを講演で話したら校長先生から怒られました(笑)先生方で賛同してくれた方もいたんですが。

割と僕は早い段階で自分はダメ人間なんだなということを受け入れたので、それが故に同じような思いをしている人に対して優しくありたいという気持ちは未だに変わらないですし、そういう人たちの居場所を作りたいなというのが未だに続いているわけなんで。

小幡:リバ邸とか?

家入:そうですね。そういう経験がなければ僕は今のような活動をしていないわけなんで。
結果的にはそういうことを経たというのは自分にとっては良かったんだろうなと今は思いますけどね。

でも20代後半とかまではそう思わないとやってられなかったみたいなところはありましたよね。

無理やり自分を納得させるというか。自分にはこういう経験があって、だから居場所を作るんだみたいな。

逆に言うと居場所を作るみたいな活動をしないと自分の過去が肯定されない感じがあって。

今は過去があったから今があると言えるけど、いきなりそういう境地になったけではなくて、ギャップみたいなものを埋めるためだったり、自分の過去を肯定するための行動だったり。

鶏が先か、卵が先かの話じゃないですがどっちが先かはわからないですね。

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小幡:学校はじゃあ行けたら行きたかったですか?

家入:滅茶苦茶行きたかったと思いますね。

なんかみんなと同じレールの上を走りたくないという言葉も良く聞きますけど、僕はどちらかというと走りたかったんだろうなと思っていて。

だけど、はずれざるを得なかったというか。

あんまり親への反発とか社会への反発とかが、もしかしたらあまりないかもしれないですね。

割りと普通に生きたかったというのがあって。普通に行ってたら、なんかわからないけど代理店とかで働いてるんじゃないかと未だに思ったりします(笑)

あったはずのもう一つの人生みたいなことを考えたりします。あのチン毛のところからの分岐点みたいな(笑)

小幡:あそこに戻れるとしたらそのまま言わずに?

家入:うん。今は戻りたいとは思わないけど、30歳くらいになるまでは、「あのチン毛さえなければ」と本気で思うこととかありましたけどね(笑)

小幡:その時は会社が上場したくらいですよね?その時でも思ったんですか?

家入:思いましたね。上場するって日本の全企業の0.01%とかなんですよ。

栄誉なことだとは思うんですが、「上場しておめでとうございます」と言われても、嬉しいんですけど違和感みたいなものが滅茶苦茶あって。

元々起業をしたいという思いから起業をして、上場することを追いかけていたら達成感があったと思うんですよ。

だけど元々がね、本当は絵で食べて行きたかったとか、駅前でオカリナを吹いて生活をしていきたかったというのがベースにあるので、会社がうまくいったと言われても、別に嬉しくなくて。

「成功しましたね」って言われても「成功の定義って何なんですかね」みたいな感じではあった。

とりあえずお金が入ってきて、みんなも喜んでいたから良かったのかなみたいな…。

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小幡:この本を呼んでくれているのが今悩んでいる子、もしくはその親になると思うんですが何かメッセージはありますか?

家入:僕はずっと不登校を隠していたんですよ。隠してたというか言う機会もなかったんですけど、そういう過去があるということをあまり言ってなくて。
福岡で起業したんですが、25歳くらいの時に東京に出てきて、それなりに伸びていて注目されている会社だったんですが。

その時に岡田有花というITメディアの記者にインタビューをされて。

最初は福岡から起業して東京に出てくるまでみたいな話をしたんですが、何か話が盛り上がっちゃって。

「そもそも何で起業なんですか?」みたいな話になって、ついつい過去のこととかも喋っちゃったんです。

喋りすぎちゃったなと思って削ってもらおうと思ったんですが、岡田有花という人は記者魂がある人だったんでしょうね。

確認したら削られると思ったのか勝手に出されちゃったんですよ。

「引きこもりからIT社長へ」というタイトルがYahooのトッページに掲載されて。

そこで色んな人に見られて、それこそ福岡の中学校時代の人から連絡がきたりしました。

それと同時に親御さんからの相談みたいなのがすごくきたんですよ。

どっちかっていうと引きこもりをしている子供というよりかは親からの相談が多かったです。

25歳だったんで良い言葉を返せなかったと思いますけど。その後、本を出したんですが、本が出た後も親御さんから相談がきて。

引きこもり側だった方なんで、親に対してアドバイスは出来ないですけど、僕の場合は親がある程度のところで諦めてくれた。

諦めるというのは悪いことばかりではなくて、完全に見捨てるって話ではないですよね。

「あなたはあなたの人生を生きなさい」といった態度で、最終的に受け入れてくれたのがすごく良かったなと思っていて。

ただ勿論、これは僕の場合という話で、例えば強制的に心をシゴキ治すような学校のようなところもあると思うんですが、そういうところに行って良かったですと言う人も多分いるんだろうし。

僕がそういうところに放り込まれたらたぶん死んでたと思うんですけど(笑)

結局のところ答えはなくて、何が正解なんて言い方はしたくないですが、一つだけ言えるとすれば、僕はこれは経営でも同じだと思っているんですが、とにかく大人が出来るというこっていうのは、選択肢を出してあげることだと思っています。

こういう生き方もあるよ。不登校になったけど、こういう生き方をしている人、こういう成功をしている人。

色んな人がいて色んな人生があって、あなたも自分の人生を生きなさいということをとにかく提示することしか出来ない。

僕はその提示をずっと拒絶・拒絶・拒絶としていたけど、色んな物が組み合わさって山田かまちの作品を見てみたいと思ったんですけど、親が選択肢というかカードを出すことをしてくれなかったら、僕はずっとそのまま引きこもり続けていたかもしれないし、それはわからない。

とにかく、きっかけみたいなものを無理に押し付けるんじゃなくて、一方的に例えばこういう本を読んでみたらみたいなものを渡してみて、読まずに放り出されてたとしても、じゃあ次に「こういう本もあったよ」「こういう展示があるよ」とか、「こういう人がいるよ」とか。

一方的に相手のことを思い機会を与えるというか。大人はそういうことしか出来ないんじゃないかなというのは思っています。

親は全ての子供に呪いを掛けると思っていて、僕も3児の父親ですが、僕自身の生き方とか、生活とか、考え方とか、教育とか、躾みたいなものも含めて全て呪いだと思います。

僕もまた親から呪いがかかっているし、どんな完璧な親でも呪いをかけると思うんですよね。

例えば完璧な母親でも、こんな完璧な母親にはなれないという呪いがかかることもあるし。

逆に言うと呪いをかけているというのが前提として考えて、呪いから解き放ってあげることが出来るのかはわからないですが、親は親の人生を生きればいいし、子供は子供の人生を生きればいいと思うんですよ。

過度にそこに自分の叶えられなかった夢だとか、あなたを思っての行動なのよという発言とかも聞いたりしますけど、親子も究極他人ですよね。

なので、ある程度のところで親もまた子離れをする必要があるし、子供もまた親離れをする必要があるし、自分の人生を生きて下さいって感じですかね。

他の対談はこちら

大量生産モデルの学校に馴染めない子は社会不適合なの?JERRYBEANS×小幡和輝対談(前編)

不登校でもいい。学校以外に居場所を見つけよう。河合未緒×小幡和輝対談(前編)

田舎ならではの狭いコミュニティが辛かった。吉藤オリィ×小幡和輝対談(前編)

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小幡和輝の新書はこちら

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小幡和輝へのお仕事依頼について

NagomiShareFund & 地方創生会議 Founder/内閣府地域活性化伝道師

1994年、和歌山県生まれ。約10年間の不登校を経験。当時は1日のほとんどをゲームに費やし、トータルのプレイ時間は30000時間を超える。その後、定時制高校に入学。地域のために活動する同世代、社会人に影響を受け、高校3年で起業。様々なプロジェクトを立ち上げる。

2017年、47都道府県すべてから参加者を集めて、世界遺産の高野山で開催した「地方創生会議」がTwitterのトレンド1位を獲得。その後、クラウドファンディングと連携した1億円規模の地方創生ファンド「NagomiShareFund」を設立し、地方創生の新しい仕組みを構築中。GlobalShapers(ダボス会議が認定する世界の若手リーダー)に選出。

「高画質」 小幡和輝プロフィール 横長


メディア出演 NHK・フジテレビ・日本経済新聞・The Japan Times など

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僕は小学校から10年間、不登校でした。だけどさまざまな出会いやきっかけがあり、高校生3年生の時に起業しました。僕の経験が同じように不登校で悩んでいる子の役に立ててばと思い、今までも僕の実体験をもとに発信てきました。だけど不登校にはいろんなタイプがあるので、僕の体験がすべてに当てはまるとは思っていません。ということで、不登校の経験がある方々との対談企画を全8回に渡ってお届けします。
たくさんの事例の中で共通することはなにか。また不登校の経験がいまどのように活きているのかを聞いてきました。

第1回のゲストは、不登校からバンドマンになった「JERRYBEANS」です。

※この対談は、書籍「不登校から高校生社長へ」に収録したものを、一部加筆・修正したものです。

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(プロフィール)

JERRYBEANS ( 山崎史朗 ・山崎雄介 ・八田典之)

1998年結成。双子の兄弟であるボーカル&ギター山崎史朗、ドラム山崎雄介、そして不登校を通じて知り合ったベース八田典之からなるバンド。
3人とも小学校高学年から中学校3年生まで不登校で、ひきこもりだった時期もあった。
そんな経験からなるメッセージを、語りと歌で伝える講演ライブスタイルで、全国に向けて届けている。主に、学校や福祉施設または地域のイベントで、年間約100回の講演ライブを行なっている。

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小幡和輝(以下、小幡):まず、どうして学校に行けなかったのかっていうところから、話しましょうか。

山崎雄介(以下、雄介):俺と史朗は双子で、5才までは毎日田んぼで虫捕まえていつも二人で遊んでて。幼稚園は大きい組から入って、その時の一年の差は大きくて、よそから来た子みたいな空気でみんなの輪に入れなくて集団生活が嫌になったな。

小学校に入ってもその感覚がとれなくて3年生くらいで、突然体に痛みが出はじめて、病院に行っても身体的な原因はわからんくて、そこから遅刻して登校するようになった。そして5年生の時に先生に「字が汚い」って言われたことがきっかけで不登校になったな。小幡くんは?

小幡:僕は最初から違和感あって。5つ上のいとこと仲良くて、普段接する情報が、5つ6つ上くらいが当たり前みたいな感じで、勉強自体は楽しかったけど、簡単すぎるんですよね。
合ってるのに、僕が間違ってる、みたいな空気になって、楽しくなくて。でも父親が教師なので、行かなきゃいけないみたいな義務感もあって、勉強ができるからか、いじめにも合って、一番つらかったですね。

山崎史朗(以下、史朗):俺らは勉強できひんかったけど、逆にできることでしんどいっていうのもあるんやな。みんなとちょっとでも違うと、嫌な気持ちが生まれるんやな。

小幡:学校ってコスパがいいんですよね。大量生産モデル。でも、その中に合わない人間もいるじゃないですか。それを無理やり合わせるんじゃなくて、ここが一つの基準ではあるんだけど、合わない子も認められたら、ってすごく思ってて。
 
八田典之(以下、八田):俺は勉強もスポーツも普通、友達もまぁまぁ普通にいて。だから特に先生にも親にも心配かけへんタイプの子で。それを自覚してたし、悩みや嫌なことがあっても言わへんかった。

小学校高学年になって、クラスの雰囲気が悪くなって友達関係の悩みも出てきても、誰にも相談できひんくって、心も体もしんどくなって、ていう感じやな。
 
雄介:「なんで行きたくないの」って言われても、わからへんよな。自分でも整理できてないことを人に伝えるのは無理やもんな。途中からは本当の理由ではなく、「親や周りの人が納得する理由」探しに変わっていった。

ほとんどの不登校の子が自分のもやもやとかしんどさの原因を整理できてないと思う。自分に対する嫌な気持ちとか「わからなさ」みたいな違和感で苦しんでると思う。

史朗:しんどくなる理由を「これ」とかいうと、親はそれだけを解決しに行くけど、解決されたところで、違和感は消えへん。もっと根源的なしんどさがあるから、戻れる気しいひんのに。

小幡:ほんとそれ、わかります。

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小幡:学校に行かなかった期間は、どうしてましたか?
 
八田:最初の頃は、ゲームばっかりやってた。でも充実感はなくて、他に何かできることがないかと思って始めたんがギター。楽しかったし、親も応援してくれて充実感があった。それに近所の音楽教室の先生が、人前で演奏する機会に僕を誘ってくれて。緊張したけど、必要としてもらえたことが嬉しかった。

小幡:僕もゲームで、中学からは遊戯王カードにはまって。学校というところでは評価されなくても、ゲームをやれば高校生よりも強かったし、評価されて、嬉しかったですね。小学校の時は、「適応指導教室」に通ってて、卓球やトランプやって、仲間がいて、価値を感じてて。でも考えたら、その名前やばくないかって(笑)。

学校に行かないことは不適応、みたいな。冷静に文字だけ見たら、矯正させられるわけや。適応するように、「正しい」に戻すように。ハードル感じる子がいるんちゃうかって思いますね。

雄介:学校に行けへんだけやのに、「自分は心の病なのか」とか、まずそれを認めるというか、受け入れなあかんって思うことがまずしんどい。適応指導教室も、本当はホッとできる場所でも、入り口の段階でものすごく自分に問われる。

史朗:「学校に行かなきゃいけない」っていうのがあるから、みんな苦しいんやと思う。「行きたくない」って言うことに罪悪感がある。行きたい子の道、行きたくないけど勉強したい子の道、とか選択肢があればいいけど、「学校に戻ること前提」って言われたら、戻りたくない子は通えへんよな。

小幡:小学生も通信制はじめ色々な選択肢があればいいですよね。

後編はこちら

不登校は才能。社会に出たら「人と違う」が個性になるのだから。JERRYBEANS×小幡和輝対談(後編)

他の対談はこちら

ある日を境に一人ぼっちに。逃げ続けた先に見えた、好きと才能を生かす世界。家入一真×小幡和輝対談(前編)

不登校でもいい。学校以外に居場所を見つけよう。河合未緒×小幡和輝対談(前編)

田舎ならではの狭いコミュニティが辛かった。吉藤オリィ×小幡和輝対談(前編)

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1994年、和歌山県生まれ。約10年間の不登校を経験。当時は1日のほとんどをゲームに費やし、トータルのプレイ時間は30000時間を超える。その後、定時制高校に入学。地域のために活動する同世代、社会人に影響を受け、高校3年で起業。様々なプロジェクトを立ち上げる。

2017年、47都道府県すべてから参加者を集めて、世界遺産の高野山で開催した「地方創生会議」がTwitterのトレンド1位を獲得。その後、クラウドファンディングと連携した1億円規模の地方創生ファンド「NagomiShareFund」を設立し、地方創生の新しい仕組みを構築中。GlobalShapers(ダボス会議が認定する世界の若手リーダー)に選出。

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