小幡和輝オフィシャルブログ

約10年の不登校を経験後、高校3年で起業。 もっと詳しい自己紹介は下の記事を! 社会のギモンに切り込んでいきます。

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いつものように授業を抜け出す
俺「今日は部室で漫画でも読んでるか」

廊下に出て、ふとトイレに立ち寄る

馴染みのメンツが数人たむろしている
と、同時にひどく煙たい

俺 「くさっ」
なぜか笑う男たち(というか女子までいる)

男 「吸う?」
俺 「いや、いらん」
一同「ヘタレか」
俺 「度胸があるなら廊下か庭で吸え、その方が気持ちええで」

押し黙る連中
横目に用をすます
そのままトイレを出る



なんとなくサボるのが気分悪くなって一度教室に戻ることにした

いつの間にか休み時間、どうやら熟睡していたようだ
と、先ほどの男が寄ってくる

男「絶対チクんなよ」
俺「はいはい。」

*****************



この日を境に13歳の私は学校へ行くのを辞めました。
たったこれだけのやり取りを受けて「学校へ行く」という行為すべてが馬鹿らしくになってしまったんです。


不良にイジメられたんじゃないかって?
全然違います。
※その頃の私はチビではありますが、1日200回以上の腕立て・腹筋・背筋をこなすムキムキバレーボール野郎でした

当時の私がどこまで論理的であったのかは定かでありませんが、

「隠れて悪いことをしよう」


「先生にばれたくない」


こんな感情が読み取れる時点で不良ではなく不良に憧れる少年でしかなく、
彼らがスクールカーストの上位に位置するというだけで、
「学校」そのものの環境に嫌気がさし興味がなくなってしまったのだと思います。

ここから中学3年の春に至るまで、私は不登校を続けました。

その間、親だけでなく、頻繁に先生も家を訪ねてきて、
私が不登校になった原因を探り、解決しようといろんな話をしてくれました。

今となっては有難いことですが、当時の私には「イジメられてるけど本当のことを言えないかわいそうな子」のような目で見られること自体非常に気に食わないことでした。

しかも、どんなに探っても明確な理由なんてないので解決できるはずがなかったんです。

私にとって、「学校に行きたくない理由がある」わけではなく、「学校に行く理由がない」というのが正直な感情でした。

例えば、母親が奮発して買ってきた高級なステーキが晩御飯に並んでも、内心「なんとなく今日はステーキが食べたくない」という子どもは、どんなにステーキの品質の良さを語ったところで食べて喜ぶことはありませんよね。

母親はきっとそのあと「今日調子悪いの?」と聞くと思いますが、「なんとなく」以上の回答はあり得ません。

当時の私に大人たちはみな、「学校に行かないと将来に響く」「今の学校は楽しいところだよ」と言いましたが、説得するには不十分だったのでしょう。

大人と子どもの乖離は、正論の強制から生まれやすいんだと思います。

「学校には行くべきだ」

「成績は良い方が良い」

「野菜は食べないといけない」

「動物は殺してはいけない」

これらは確かに正論だと思いますが、なぜ正論たらしめているか?をちゃんと理解して語ってくれる大人は多くいません。

不登校の子どもを抱えている大人だけでなく、子どもを持つ親や教育に携わる方にはぜひ、「学校には休まず行きましょう」ではなく、「あなたにとって学校とはどういう場所ですか?」から始めて子どもたちの意見を聞いてみてほしいと思います。

彼らが「勉強するための場所」と答えたら、「なぜ勉強するのですか?」と続けてください。

彼らが「友達と遊ぶための場所」と答えたら、「なぜ友達と遊ぶと楽しいのか?」を深堀ってあげてください。

それらの会話の先で、「じゃあ学校は毎日行かないとね!」とお互いに納得できて初めて、学校に毎日行けばいいんだと思います。

ただし、当然子どもたちは日々成長します。どんな言葉が返ってきたとしても次の日には変わっているかもしれません。

大事なのは対話の頻度です。

あと、ちゃんと大人も新しい知識を入れて、日々自身の考えをアップデートしましょう。

今は1児の父となった私は彼にとって一番の手本でありながら、一番近くでともに成長する存在でありたいと思っています。



最後に一言、
学校行かなくても人生は絶対終わりません。

ただもしかしたら後からやってくる悔いを、少しでも抑えて次に進むために、
「自分の選択肢は自分で決める」ことだけ心に留めておいてください。

※子ども、親関係なくそれぞれ

全部自分のためです。楽しく生きましょう。

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体験談を引き続き募集しています。詳細はこちらの記事を。

8月19日に不登校の当事者に向けたイベントを全国100ヶ所で同日開催しようとしています。
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小幡和輝 Kazuki Obata (@nagomiobata)
ブログの感想とかTwitterでいただけると嬉しいです。

NagomiShareFund & 地方創生会議 Founder/内閣府地域活性化伝道師

1994年、和歌山県生まれ。約10年間の不登校を経験。当時は1日のほとんどをゲームに費やし、トータルのプレイ時間は30000時間を超える。その後、定時制高校に入学。地域のために活動する同世代、社会人に影響を受け、高校3年で起業。様々なプロジェクトを立ち上げる。

2017年、47都道府県すべてから参加者を集めて、世界遺産の高野山で開催した「地方創生会議」がTwitterのトレンド1位を獲得。その後、クラウドファンディングと連携した1億円規模の地方創生ファンド「NagomiShareFund」を設立し、地方創生の新しい仕組みを構築中。GlobalShapers(ダボス会議が認定する世界の若手リーダー)に選出。

小幡和輝 プロフィール 横長


メディア出演 NHK・フジテレビ・日本経済新聞・The Japan Times など

著書「不登校から高校生社長へ」



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私は娘の不登校を7年間経験した母親です
娘は21歳になり働いてます

学校へ行かない(行けない・行きたくない)という行動を起こす事は
すごい勇気のいる事だと私は思います

きっと周囲にいろいろ言われるでしょう
それでも「自分を守る」という行動ができた素晴らしい事だと思います

私の娘はイジメから不登校になりました
登校できた時期もありますが小3〜中3までの7年間「不登校児」というカテゴリーの中にいました

私が娘の不登校を通して学んだ事は
「学校へ行くのは生きて行くための方法の1つであって目的ではない」ということ
1つの方法につまづいただけなのに
人生が終わったような錯覚に囚われてしまう世の中だという事
生きるか死ぬかまで追い込まれてしまうという事
だから伝えたい
「生きて行く方法はたくさんある。苦しいなら一つの方法にしばられないで欲しい」

娘が小学校三年生の時でした
いつものように一緒にお風呂に入っていました
頭を洗っている時に下をうつむきながら
体全体を緊張させながらボソッと
振り絞るように
「学校へ行きたくない」と言いました

やっとの思いで
「学校へ行きたくない」
と伝えてくれた娘に

私は「どう説得したら学校へ行ってもらえるか?」
ばかりを考えていました

当時私は
母子家庭で2人の娘を抱え
「ちゃんと育てなきゃ」
と見えないプレッシャーと戦っていました


「母子家庭だから子供をちゃんと育てられないんだ」
と言われたくない

だから学校にいけない娘を
「頑張れ!負けるな!」と励ましたり
怒ったり
怒鳴ったりしました

ある時は
「まずは車に乗ってみよう」と車に乗せ
「じゃぁ校門の前まで行ってみよう」と
車で学校へ連れて行き
車から引きづりおろしたこともあります

娘はとても素直で頑張り屋さんでしたから
そんな私の対応にトボトボと校門にはいっていきました
あの小さな後ろ姿は今も忘れません
本当にかわいそうな事をたくさんしました


娘は頑張って登校し
そして傷ついて帰ってきました
日に日に娘の顔から笑顔が消え
悲しい顔になり
無表情へ変わっていきました

10年前の当時は
今よりも不登校は怠け
努力不足、弱いという雰囲気でした

「怒ってでも登校させたら?」
「強くさせなさい」
「お母さんは、子供になんと言っているのですか?」
とばかり言われました

「あなたは甘やかせている。子育ての問題」という感じでした

私でなければもっと上手に子供を育てられたのか?
私でなければ、いじめから守ってあげられたのか?
自分が情けなくて、悲しくて、悔しくて、惨めで
娘にも申し訳ないと思う毎日でした

家にいる娘はただボーッとしていました
何をするにも正気を感じられなかったです
目が死んでいるんですよね

もしかしたらこの子は本当に死んでしまうかもしれない
今日、仕事から家に帰ったらこの子が横たわっていて息をしていないかもしれない

いつからかそんな恐怖も感じ始めました

だから私は学校へ無理に行かせようとするのをやめました
学校に行かせることより
生きてもらう事を優先しました
「今日も明日も明後日も生き続けてもらうにはどうしたらいいのか?」考えました

子どもが生まれた時は
息をしているだけで安心しました
生きているだけで、良かったんです
笑ってくれると最高に幸せを感じました

いつのまにか
どんどん子供に期待や世の中のルールや常識を背負わせてました

子供が辛いと言っているのに
素直にその言葉に耳を傾けられず
学校へ行かせるという世の中の普通に合わせる事に必死になっていました
学校を卒業して社会人になる方法しか知らなかった

「子どもが死んでしまうかもしれない」そう思った時
「世間と比べる、世間の普通や評価を気にする」ことをやめました
「生きてればいいじゃん!」と

学校に行けないなら
まずは私が生き方を伝えようと考えました
私が生き方の見本になろうと

そして私自身の生き方を変えました
当時口癖だった
「今日も疲れた」
「お母さんは忙しい」をやめ
いろんな言い訳をしてやらなかった事に
どんどんチャレンジすることにしました

「娘にこんな大人になって欲しいな」
と思う理想の大人に自分を変えました

怒ってでも学校に行かせない
私のやり方を「甘やかせている」という人たちはもちろんいました
いろんな人に「本人を強くしなければ」というような事をたくさん言われました
でも私は「生きてもらう」ために自分の方針を変えませんでした

娘の人生に責任を持つのは私以外に誰もいない
目標は「学校へ行かせる」ことではなく
「生きて大人になってもらうこと」
「生き抜く力を育てること」だから

娘は中学2年生から学校に行ける日も増え
高校では、バンドを組み
いろんなイベントに出演するようになりました

朝、当たり前のように起きてご飯を食べて
制服を着て
「行ってきます」と出かけて行く
それが奇跡のようでした

東京の専門学校に入学し、2年半の一人暮らしをして戻ってきました

私は不登校という自分の子育てを試される大きな壁にぶち当たりました
その壁を乗り越えるには
本当に大切なものを見極めて守る事でした
本当に大切なもの
それは娘の笑顔でした

世の中の普通と比べる事や他の人からの評価を
「必要ない」と人生からそぎ落とすことが出来ました

私は、娘の不登校があったからこそ、今、娘と友達のように仲良く過ごしています
娘が勇気をもって「学校へ行きたくない」と伝えてくれたから
今までの子育てを見直し
自分の生き方や価値観を見直し

どうやって生きて行くかを今まで以上に真剣に考えました

そして娘は成人し
不登校のお母さん向けに経験を伝えている私の活動に参加してくれています
今、子どもの不登校で悩んでいるお母さん達に
たくさんの希望と勇気を伝えています

学校へ行けない時期があっても
どう生きるかです

大丈夫、大人が一緒に考えてくれます
その為の人生の先輩なんです

沖縄県 moco
https://mother.okinawa/

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8月19日に不登校の当事者に向けたイベントを全国100ヶ所で同日開催しようとしています。
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小幡和輝 Kazuki Obata (@nagomiobata)
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NagomiShareFund & 地方創生会議 Founder/内閣府地域活性化伝道師

1994年、和歌山県生まれ。約10年間の不登校を経験。当時は1日のほとんどをゲームに費やし、トータルのプレイ時間は30000時間を超える。その後、定時制高校に入学。地域のために活動する同世代、社会人に影響を受け、高校3年で起業。様々なプロジェクトを立ち上げる。

2017年、47都道府県すべてから参加者を集めて、世界遺産の高野山で開催した「地方創生会議」がTwitterのトレンド1位を獲得。その後、クラウドファンディングと連携した1億円規模の地方創生ファンド「NagomiShareFund」を設立し、地方創生の新しい仕組みを構築中。GlobalShapers(ダボス会議が認定する世界の若手リーダー)に選出。

小幡和輝 プロフィール 横長


メディア出演 NHK・フジテレビ・日本経済新聞・The Japan Times など

著書「不登校から高校生社長へ」


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P.N.シュークリーム

私は、中学1年生になった頃周りの人達の友達への接し方に違和感を感じて学校が嫌になり不登校になりました。

はじめの頃は、学校に行きたくないと言う私と中学校は義務教育で嫌でも周りの子は行ってるんだから学校へ行けと言う母と戦う毎日でした。

日が経つうちに母は「学校に行きたくないのは分かったから何故行きたくないのか教えて」と言ってくれるようになりました。

それでも、いざ話そうとすると言いたくないわけ では無いのに なかなか話せず黙る私に母は頭を悩ませていました。

毎日毎日なにも言わない私と どうすれば良いか分からない母とで家の雰囲気も最悪で。
母がストレスを抱えるのも家の雰囲気が悪くなるのも全部自分のせいだと気持ちは沈むばかりで。

そんな時、母が病院へ行かないかと話してきました私はそう言われた時

「自分は病気だと思われてるのか。病院の先生も学校の先生も話したところで何も分かってくれないだろ」そう思いながら母に連れられ病院へ行きました。

病院について先生と二人きりで話すことになった
そしたら、家族でもなく学校の先生でも無いそんな人だからこそなのか今まで話せなかったことが次から次に出てきて解決したわけじゃないのに凄くスッキリとした気持ちになりました。

そこから、母に伝えたいんだけど言い出せないということを先生が母に伝えてくれて母と話ができるようになり、今は家の雰囲気も良く母とは中学校に上がった時とは違い何でも話せる仲になりました。
学校に行けないから自分はダメなやつなんだと思って病んでいたけど学校に行ってたら出来ないようなこと

平日の昼間からテレビを見たり ランチを食べに行ったり 母と沢山の話をしたりすることは
普段、学校に行っていたら出来ない、そんなことを探していたら気持ちが軽くなって本当はいけないことだけれど今思えばそこら辺の人よりいい毎日を過ごしてたんじゃないかなって思います。
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