ギモンに切り込む

不登校になった私。幼稚園の時、友達はいませんでした。

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これは、私が実際不登校になったお話です。
私は、祖母、母親の3人暮らしでした。

父親は私が幼稚園の頃に不意の事故で亡くなりました。

父親の顔は写真でしか思い出せません。

父親がいなくても、母親が心配させないように
私を一生懸命育ててくれました。

私が幼稚園の時から、周りはお父さんがいるのに
寂しいなって気持ちはありましたが

母親を心配かけたくないとおもい、
小さい時から、父親のことは気になりましたが
口にはだしませんでした。

ある日突然、年長さんだった私は、
同じクラスの女の子に嫌がらせを
させられるようになるのです。

私が通っていた幼稚園は教会があり

教会にお祈りをしにいくときに
列に並んで、先生たちと一緒にいくのですが

一番背の高かった私は列を並ぶ時

一番最後で最後の人は部屋の鍵を閉めるのですが
私の前にいた女の子が

突然、私を部屋に閉じ込めるかのように
ドアを閉めました。

私は、びっくりして、
最初は遊び感覚でしているのかなと
おもい、へっちゃらでしたが

悲しかったです。

正直、幼稚園の時、友達はいませんでした。

お弁当を食べる時も、一緒に食べる子はいなくて
よく一人で食べていました。

小学生になり、幼稚園のみんなとも
離れることになり、

小学生になりたてのころは、学校が楽しかったです。
友達もでき、毎日休まず通っていました。

小学生3年生の頃になった時は、
ある男の子が嫌がらせをしてきましたが

いまとなっては、ただのちょっかいみたいな感じでした。

小学生5年生になった時から急に
仲良い子のグループにわかれて

もちろん、私も友達がいたので
仲良くしていたのですが

ある日突然、みんなの目が冷たくなりました。

初めて言われた。

キモいの一言。

それから、私って、キモいの?とか
自分について考えはじめました。

小学校6年生になったとき
イジメが始まりました。

みんなから仲間はずれ。

でも、学校は毎日通っていました。

中学生になり、小学校仲良かった友達と
離れ離れになり、一人になりました。

中学校なったら、友達できるかな?と
おもい、小学生仲良かった

たった一人の友達とクラス一緒になり

その子がいるから、学校は休まずいけました。

だが、小学生の時に私のことを
知っている子がいるから

イジメられてたことは、ほかの人達には
知られたくないなと思いながら
通っていましたが、

ある日、突然
学年のクラスの中の一番の不良の女の子に
目をつけられ

イジメが始まりました。

休み時間の時、廊下で話したりする子が多く

私が廊下を歩くたび、道をあけるかのように

右、左別れて、
私をみるかのように視線が辛かったです。

それから、中学2年生になった頃には
不登校になりました。

もう、イジメられたくない!

みんなの前にでるのが嫌!

って事で、不登校になりました。

不登校になって、

親には、なにもいわれなかったのですが、

一緒に暮らしていたおばあちゃんに

「なんで、学校にいかないの?」

私は、イジメられてるなんて
言えなかったです。

お母さん、おばあちゃんに心配かけたくないと。

でも、不登校になって
先生が家に来たりするので

先生がくるたび、
嫌な態度をとってしまいました。

みんな待ってるよ!とか言われてたけど

私は、絶対学校なんかいきたくない!

また、イジメられるんだと思い
部屋に閉じこもっていました。

正直、学校にいるよりは
お家のほうが、気持ちが楽でした。

お家にいても、学校の事は、忘れませんでしたが、、

仲良かった友達に、学校きさいよ!とか
待ってるよ!とか言われていたけれど、

あのクラスの中に入りたくなかったので

無理に学校にいくはずはないですが

私も勉強がしたい!と思い

部屋を借りて、そこで一人勉強をしていました。

正直、先生には
勇気振り絞って、嫌な女の子がいると
話していましたが

イジメられてたなんて言葉は言えませんでした。

自分でも、イジメられてた
なんて、思いたくもありませんでした。

でも、休み時間に唯一仲のいい友達が
遊びにきてくれたのは嬉しかったです。

でも、私はクラスのみんなに
自分から顔をだすことはなかったです。

卒業式。

学校には来ていたけれど、
クラスに入ることができず、
保健室にいたら

クラスの女の子一人が
私に声をかけてきました。

せっかくきたんだから
みんなと一緒にでよ?といわれ
卒業式にでました。

みんなの前に、久しぶりに顔をだしたら
また、なにかいわれるって思い
怖かったけれど

そんな人はいなく、卒業できました。

高校生になる時には
私は、学校をいく事をやめて
働きました。

また、学校にいけば
イジメられる。

私は逃げていましたが、

社会人になった気持ちで
楽しく暮らしていきました。

大人になった今。

結婚して子供もいます。

旦那さんにはいじめられていたことをいえず
嫌われるかなと思ってて
いえてません。

でも、その過去があるから
いまは人生が楽しいです。

大人になった今、
もっと学校いけばよかったと
逆に後悔しています。

今、学生の人達は、学校生活を
楽しんでほしいとおもいます。

学校が嫌で、不登校になっている人は
なにかしらの理由でいけないんだと
おもいますが、

明るい未来があります。

今は辛いとおもいますが、頑張ってほしいです。

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小幡和輝 Kazuki Obata (@nagomiobata)
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NagomiShareFund & 地方創生会議 Founder/内閣府地域活性化伝道師

1994年、和歌山県生まれ。約10年間の不登校を経験。当時は1日のほとんどをゲームに費やし、トータルのプレイ時間は30000時間を超える。その後、定時制高校に入学。地域のために活動する同世代、社会人に影響を受け、高校3年で起業。様々なプロジェクトを立ち上げる。

2017年、47都道府県すべてから参加者を集めて、世界遺産の高野山で開催した「地方創生会議」がTwitterのトレンド1位を獲得。その後、クラウドファンディングと連携した1億円規模の地方創生ファンド「NagomiShareFund」を設立し、地方創生の新しい仕組みを構築中。
2018年、不登校を肯定するムーブメント「#不登校は不幸じゃない」を立ち上げ、8月19日に全国100ヶ所でイベントを同日開催。SNSで#の関連投稿は2万件を超え、多くのメディアにも取り上げられた。GlobalShapers(ダボス会議が認定する世界の若手リーダー)に選出

「高画質」 小幡和輝プロフィール 横長

メディア出演 NHK・フジテレビ・日本経済新聞・The Japan Times など

 

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小幡和輝
小幡和輝
約10年の不登校を経験後、高校3年で起業。日本で1番当事者に会っている不登校の専門家です。1年間で1000人以上。#不登校は不幸じゃない 発起人 メディア出演 『NHK おはよう日本』『フジテレビ バイキング』ほか多数。 著書に『学校は行かなくてもいい』『ゲームは人生の役に立つ。』など。 詳しいプロフィールはこちらの記事をご覧ください!
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