ギモンに切り込む

人との関わりに疲れた。結果、不登校に。

私の家族は母、父、姉、私の4人家族でした。

ですが私が幼稚園位の頃母の不倫が原因で両親が離婚しました。
母方の祖父母と同居していたのですが、母の不倫が発覚後、母方の祖父母は実の娘である私の母を家から追い出しました。

私の母を家から追い出したからといって一件落着することはなく、幼いながらにも感じられたほど父はなんだか肩身が狭そうに毎日暮らしていました。

そんな生活が4年程経ち、糖尿病を患っていた祖母が亡くなったことをきっかけに4年振りに祖母のお葬式で母に会いました。
ですが母はお葬式が終わるとすぐに帰り支度をし、一言も話すことなく不倫相手の車に乗り込み姿を消しました。

祖母が亡くなったことをきっかけに父は今まで住んでいた家を出ることを決断し、私と姉を連れてアパート暮らしをすることになりました。
今まで肩身の狭い思いをしながら生活をしていた父は、3人暮らしになったことでなんだか笑顔が増えたような気がしました。

初めてのアパート暮らしで3人で2DKというちょっと狭い部屋での暮らしにも慣れ、今までに比べたら全く裕福ではない生活にもかかわらず毎日笑顔の絶えない日々でした。
アパートに引っ越してきてからは父は私達のために夜の仕事を始め、朝から晩まで仕事をしてくれていたため家事は姉妹でやっていました。

3人での生活が3年程経った頃、いつものように朝起きるといつも居るはずの父がまだ夜の仕事から帰ってきていなく、この時は「仕事が長引いているのかな?」と思い、中学1年生の姉と、小学5年生の私はいつも通り学校へ行きました。

学校が終わり帰宅すると父の姿はまだなく、姉が学校から帰ってくるまで自宅で待っていました。
部活動を終えて姉が帰宅したのは夜の7時。

父の姿がなくなってから1日が経っていました。

姉は携帯電話を持っていたので父に電話をすると繋がらず、直ぐにお留守番サービス。

何度も電話を掛けるもやはり繋がらず、父からの折り返しの電話を待つことにしました。

姉が中学生だったということもあり、この日は冷蔵庫に入っている食材で食事の準備をしてくれ、2人だけで父の居ない1日を過ごしました。
翌朝まだ父の姿はなく、この日もいつも通り私と姉は学校に行きました。

私と姉が学校から帰宅後、家の固定電話に1本の電話がかかってきました。
電話の相手は父方の祖父母宅で暮らしている父の兄のお嫁さん(義理姉)でした。

お嫁さんから「お父さん何日も帰ってないでしょ?」との電話でした。

電話に出た私は「はい」とだけ答えると「とりあえずウチに来なさい。今から迎えに行くから荷物をまとめておいて」とだけ言われ電話を切られました。

父方の祖父母宅はアパートから車で15分程の場所にあるため荷物をまとめ終わった頃に調度お嫁さんがアパートに着き、私と姉は何が何だか分からないままお嫁さんの車に乗り込みました。
祖父母宅に着くと、父の兄から「お父さんから連絡があって、「家には帰らないから娘たちをよろしく」と言われたんだ」と言われ、その言葉の意味が分からず姉が「お父さんは今何をしているの?」と聞きました。

すると父の兄が「大きな借金があったみたいでね…連絡を貰っただけでどこに居るのか分からないんだよね…」と言われたのです。
私と姉はなんとなく理解し、これ以上話すことは辞めました。

父方の祖父母宅での生活が始まり、姉と私の学校付近までお嫁さんが毎日車で送ってくれました。
こんな生活が半年程経とうとした頃、いつものようにお嫁さんの運転で学校付近まで送ってもらっている時に、お嫁さんに「いつまでもこんな生活できないんだよ」といきなり言われました。

私と姉は何も言い返すことができず下を向いているとお嫁さんが続けて「ずっとここで暮らすってわけにはいかないでしょ?お金もかかるし…」と言ってきたので、私たちは「はい」とだけ言いました。

するとお嫁さんに「お母さんに電話をしたの。そしたら2人のこと引き取ってくれるって」と言ってきたのですが、もう何年も会っていない母に会うということに喜びの感情すら湧かず、むしろ戸惑いました。

そしてまた続けてお嫁さんが「あと数ヶ月でお母さんと暮らすから、それに合わせて荷物をまとめておいてね」と言ってきました。

新学期を迎え、私が小学6年生になり、姉が中学3年生になり、母との生活が始まろうとした頃、父方の祖父母宅に迎えに来た車を見ると不倫相手の男性も一緒に居ました。
籍は入れていないけれど同居しているとのこと。

不倫相手の男性は母よりも15歳も年上で、あまり感じの良い男性ではありませんでした。
母と不倫相手の男性、姉と私の4人でアパート暮らしが始まり、小学校卒業後、母と暮らすために隣町の中学校に転校することになりました。

不倫相手の男性は、私と姉が少しでも携帯をいじっていると「目が悪くなるぞ!」と強く言ってきたり、遊びで帰りが少し遅くなると「ちょっと帰りが遅いんじゃない?」などと何かにつけて毎回イチャモンをつけてきました。
初めは不倫相手の男性と仲良くしようと思っていましたが、何かにつけて毎日イチャモンをつけてきたため嫌いになり、必要最低限しか私と姉は不倫相手の男性と口を利かなくなりました。

4人での生活が3年程経ち私は高校1年生になり、姉が社会人となった頃、私と姉が近所のスーパーにお菓子を買いに行って帰宅すると母がいきなり「お前たち早く荷物をまとめて!この家を出て行くから」と言い、何が何だか分からず荷物をまとめて家を出る準備をしました。

そして行先は母の妹の家(いとこの家)でした。

後日母に家を出た理由を聞くと、不倫相手が私と姉の悪口や、しつけについて口うるさく言っていたとのことでした。
母の妹の家で数ヶ月生活をし、そこから毎日高校に通っていました。

不倫相手の男性は母のことを愛しすぎていたため、母の妹の家に現れ、「帰ってこないなら死んでもいい」と言い小さなカッターを自分に向け、死のうとしていました。

そして翌日には母の妹の家の周辺を車で何周も周っている姿を良く目撃しました。
こうした行動から警察に相談し、居場所を特定されているのは怖いので数か月後、母と私と姉は母の妹の家を出てアパートで3人暮らしを始めました。

3人でのアパート暮らしが始まった頃、どうやって私達の場所を特定したのか分かりませんが、不倫相手の男性が姉の車に落書きをしたり、私の通っている高校に「○○さん居ますよね?もし居るなら会いたいのですが」と無名で電話をしてきたり、母に「今から死にます」「今自殺で有名な場所に居ます」といった脅迫まがいのメールをしてきたり。

私の自転車を盗んだりするなど警察沙汰になるほどの行動をとり、警察から厳重注意をされ、「次にまた何かやったら逮捕します」との通告をしてもらいました。
不倫相手の男性は母への愛が大きく、私と姉に邪魔されたことに凄く腹が立ったのだと思います。

私の家庭環境の話がとても長くなってしまいましたが、母の不倫が発覚後、私と姉は母と3人で暮らすまでたらい回しの様な生活を送っていました。
あの日以来父とは会っていなく、年に1回のペースで役所を通して「金銭的免除をしてほしい」という封書が届く程度でした。

そんな私が不登校になったのは高校生の時でした。

不登校になった理由は“人との関り“でした。

小学生から高校生までたらい回しの様な生活をしていた私は、心のどこかで常に「嫌われないようにしていないと」と思っていました。
そのため中学生になってからは本当の友達と言える人はいなく、なんとなくみんなと仲良くして、なんとなく一緒につるんでいる程度でした。

高校は県内で“バカ高“とも言われているほどイメージの悪い高校に行き、同じ中学だった子は誰も入学しませんでした。
中学3年生から交際している彼氏とも別々の高校に入学しました。

高校1年生の頃、私はなんとなく仲良くしている友達が4人ほどできました。
イメージの悪いバカ高なので友達はヤンキー風な子ばかりでした。
友達ともなんとなく仲良くし、良くも悪くもない平凡な高校生活を送っていました。

そんなある日、なんとなく仲良くしている友達の彼氏が私のところに来て「彼氏居るの?」といきなり聞いてきました。
その質問に私は「同じ中学だった人と付き合っているよ」と答えると、「そうなんだ!残念!エッチしようと思っていたのにー!」と笑いながら言ってきたのです。
この時私は冗談だと思い、友達の彼氏に合わせて笑いました。
するとこの状況を見ていた誰かが友達に話したようで、いつもなんとなく仲良くしている友達から省かれるようになりました。
友達の彼氏に話しかけられたのが午前中だったのですが、直ぐに省かれたということもありお昼ご飯は教室で1人で食べることになりました。
なんだか納得がいきませんでしたが、その反面今までの生活もあり「人ってこんなもんか」と、落ち込むどころか少しあっさりしている部分もありました。

そして隣のクラスのヤンキー風な女子達8人位が私のところに来て「私○○。よろしくね」などと簡単な挨拶をしてきて、仲良くなることに。
ですがやはり私はなんとなくしか仲良くすることができず、なんとなく上部で絡んでいました。
時々遊ぶものの、一緒に居てもそれほど楽しくはなかったため気分が乗らない時はバイトだと嘘をつき遊びを断っていました。

人を心から信じることができず、常になんとなくの関係で友達ごっこの様なものをしていた私は、友達が仲良くしてくればしてくるほどなんだか鬱陶しく感じ、一緒に居ることが日に日に嫌になってきました。

私が省かれた後に仲良くしてくれていた友達から何か嫌なことをされたり、省かれるといったことは一切なかったのですが、ふと「関わりたくない」と思ったことをきっかけにどんどん学校に行かなくなり、最終的に卒業間近の高3の冬に不登校になりました。
約数週間の不登校のまま卒業式に出ることなく高校を卒業しました。

結論から言うと不登校になる前は毎日学校に通っていたので単位不足や赤点になることなく高校を卒業することはできました。

不登校になって思ったことは、無理に学校に行く必要はないということです。

私は家庭環境が複雑なことから人のことを心から信じることができず、常に上辺の関係でしか友達と関わっていませんでしたが、上辺の関係であってもなんとなく成り立っていました。

不登校になってからは友達から何度も連絡はありましたが、面倒になり着信・受信拒否にし、必要最低限の連絡先しか残しませんでした。

社会人になってからも上辺でしか人と接していませんが、社会に出て働くと“仕事の出来“しか評価されません。
上辺であってもある程度職場の人とのコミュニケーションが取れていれば問題なく生きていくことができます。

そして中学3年生の時から交際している彼氏とは結婚をしました。
友達や職場の人とは上辺で関わっていましたが、長年の付き合いだったこともあり辛い時に側に居てくれた夫には本当の自分を見せることができていて、一緒に居ると良い意味で気が楽です。

人との関わりに疲れて不登校になってしまっても、私のように人並みの生活はできます。
むしろ「夫さえ居てくれれば何もいらない」と思えるほど夫に心を許し、母や姉とも定期的に会うといった生活を送っています。
友達とは自分から距離を置き、もう何年も友達には会っていません。

よく「友達は必要」「友達は何人か居た方がいい」などと言われていますが、自分が心を許せる人が1人でも居れば人生どうにかなります。

私は高校3年生の卒業間近に不登校になりましたが、物は考えよう、学校に通いたくないのであれば社会に出て働いたり、通信の高校に行けばいいと私は思います。

無理に学校に行こうとすると嫌な気持ちになり、より不登校から脱出できなくなってしまうので物は考えようのように私は思いました。

ちなみに不登校になった時、心を許している彼氏や家族は何も言ってきませんでした。
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小幡和輝 Kazuki Obata (@nagomiobata)
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NagomiShareFund & 地方創生会議 Founder/内閣府地域活性化伝道師

1994年、和歌山県生まれ。約10年間の不登校を経験。当時は1日のほとんどをゲームに費やし、トータルのプレイ時間は30000時間を超える。その後、定時制高校に入学。地域のために活動する同世代、社会人に影響を受け、高校3年で起業。様々なプロジェクトを立ち上げる。

2017年、47都道府県すべてから参加者を集めて、世界遺産の高野山で開催した「地方創生会議」がTwitterのトレンド1位を獲得。その後、クラウドファンディングと連携した1億円規模の地方創生ファンド「NagomiShareFund」を設立し、地方創生の新しい仕組みを構築中。
2018年、不登校を肯定するムーブメント「#不登校は不幸じゃない」を立ち上げ、8月19日に全国100ヶ所でイベントを同日開催。SNSで#の関連投稿は2万件を超え、多くのメディアにも取り上げられた。GlobalShapers(ダボス会議が認定する世界の若手リーダー)に選出

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