9Dv96NAq

これまで小学校だけで4度の転校、
中学で1度。

私は学生時代に5度の転校歴があります。

中学の引っ越しの時、神戸から大阪へと
移った転校先はもともと生まれ育った環境に
もどることとなりました。

仲の良かった友達がいちばん多い地域でしたので
皆、自分のことを覚えてくれているかな?という

ワクワクと少しの不安を抱えながら
皆に会えることが楽しみで仕方ありませんでした。

転入当日、クラスの教室の窓では
頻繁に新入生見物しにくる生徒たち。

両親の離婚により、
このとき小学生の頃と名字がかわっていた為

「 だれだ?だれだ? 」

と、はじめは皆あたらしい人間がきたと
思っていたようでした。

そんな中「久しぶりー!」と
覚えていてくれた子達も多くて嬉しかった。

小学校時代に、いつも一緒に遊んで
仲の良かった友達(M)。

中学に入るとあまり学校に来ていないことを
聞いて、わたしは授業を終えると
友達(M)のお家へ毎日のように
遊びに行くようになりました。

以下、(M)とします。

きくと、Mは中学にあがると学校へは
ほとんど行かず不良グループに入っていました。

(あとから気づいたこと)

Mとは母親が同じシングルマザーで
2人共、おしゃれが好きなことなど
趣味が似ていて仲良くなりました。

放課後はほとんど
Mのおうちへ遊びにいく日を繰り返していたある日
彼女を独占しているとの理由で

不良グループの子達からわたしは、
いじめを受けるようになったのです。

掃除で使いおわった雑巾を
知らない女の子から投げつけられて、
びっくりしたことを覚えています。

テニス部へ入部しようとした時、
同じ子から「お前なんかくるな!」と
言われたり。

誰だか知らない子から敵扱いされていた
わたしですが、

“自分は悪くない”
と思っていたので学校へは行っていました。

いじめられても不登校には
ならなかったのです。

そんなわたしが不登校になったのは
仲良くなれたはずの別の友達が言った一言から。

「 あの子のこと嫌い

だってすぐ泣くんだもん。」

このことが、きっかけとなり
わたしの不登校がはじまります。

中学に入り、仲のよくなった友達( K )

Kは、名簿順でわたしのすぐ後ろの席に座っていた
とても美人で明るい子
家も近いことがあり、すぐにうちとけました。

休み時間にはいつも一緒にいて
仲が良かったはずなのに。

Kが自分のことを
実は嫌いだったなんて、、

彼女の裏切りが信じがたく
思春期のわたしの心に深い傷をつくった原因
となりました。

そんなこととは知らず、担任の先生は
わたしが不登校になり学校へ行かなくなると

クラスで一番仲の良かったKに、わたしが
学校へ来るようにと迎えをお願いしました。

このこともKにとっては愚痴のタネへと
かわっていたのです。

Kからの裏切りはとても傷ついたけれど

不登校になってからのわたしは
自分が本当にしたいことへと向き合う
きっかけとなったのです。

それは、ある日は本屋さんへ行って
雑誌を見ながらメイクの研究したり
お洋服の着方を勉強したり

放課後よく遊びに行っていたMも学校へは
行っていなかったので
2人で、どんどんおしゃれにはまりました。

歌うことも好きになり、歌も上達。

そんな日を繰り返していると、
わたしとMは学年で
一番おしゃれな存在となったのです!!

お話した通り、わたしの不登校体験談は
このときまでは明るい不登校でした。

ここからは反対で、
のちにはじめたダイエットが原因で
拒食症になり

摂食障害となって友達とも
いられず本当にひとりになったとき

とても辛い不登校(経験)と、
なってしまったのです。

明るい不登校とは正反対の
負の不登校も経験して思うことは

学校へは行かなくても、やりたいことがあり
目的のある不登校はむしろ不幸ではなく
幸せな時間の過ごし方だということ。

そのためにも自分を知ってくれる友達は
大切な存在だと感じます。

心の悩みを抱えてしまったら
毎日がつらいものになってしまう。

何が原因で学校へは行きたくないのか、
根本をさぐることが解決として重要です。

心の悩み、実は愛情不足が原因なことが
ほとんどです。

・抱きしめてもらうだけで
安心することができたり

・何を言っても否定されずに
最後まできいてもらえることだったり

・不安に思っていることなど
全てはきだせる場所があること

ただひとりになりたいというときはあっても
同じ空間で分かってもらえる環境をつくる
ことは、とても大切なのです。

わたしは、高校へは行かないつもりで
いましたが、高校を卒業しないと職が
ないことを教師と母親から強く言われ

全日制へ行くのは今の自分には難しいと
判断したので毎日行かなくてもいい
定時制を選択しました。

1週間のうち3日間だけ通う単位制の学校
自分の選択する授業ごとに
クラスもかわるので大学のような
高校生活でした。

学校がない日はほとんどの時間を
アルバイトをして過ごしていました。

学校では友達はできなかったけれど
アルバイト先でとても良い人たちに恵まれ
わたしはどんどん自分らしさを
とりもどせるようになりました。

働いてお金がたまると
もっと自分のしたいことや好きなことへ
没頭できるようになる。

あなたの生きやすいスタイルは
生きていれば、あるとき見つかります!

それまでは興味をもった分野には
とことん手をだしてみて、
そこからいかに自分自身と
向き合っていくかだと私は思います。

試して行く中で、このことで生きていきたい!
がみつかると思うから。

大きな夢を抱いてしまったとき、
叶えるまでに時間はかかるかもしれない。

けれど生まれ育った環境や金銭的な理由で
自分の夢を諦めないでほしいと思います。

わたし自身がそうだったように。

ヨーロッパ一周へひとりで旅に出た
経験や旅中、好きになったイギリスへは
年齢として遅かったけれど

2年間の節約生活後、28歳のとき渡英
半年間の留学生活を過ごしました。

乗馬がしてみたいと現地で馬に騎乗してみたり
新しい出逢いもたくさんありました。

現在のわたしは、30歳を超えても
まだまだ学びたりず学習の連続です!

いっぱい吸収して自分のものにできる日を
共に実現させちゃいましょう!^^

不登校中の過ごし方や
留学資金の貯め方など

わたしで答えれることはなんでも
相談に応じます!

ご質問があればDMください^^

Twitter : @hamac_deparadis
Face Book : Naomi Ohse

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

不登校の体験談を引き続き募集しています。(当事者や保護者など)詳細はこちらの記事を。

関連記事→学校に行きたくない不登校の子どもに読んでほしい記事まとめ。

8月19日に不登校の当事者に向けたイベントを全国100ヶ所で同日開催しようとしています。
協力してくれる方はぜひこのグループまでリクエストください。
https://www.facebook.com/groups/784091841780825/

-----スポンサーリンク-----




小幡和輝 Kazuki Obata (@nagomiobata)
ブログの感想とかTwitterでいただけると嬉しいです。

LINE@はじめました!仕事の募集、僕からの相談、お知らせ、雑談など

NagomiShareFund & 地方創生会議 Founder/内閣府地域活性化伝道師

1994年、和歌山県生まれ。約10年間の不登校を経験。当時は1日のほとんどをゲームに費やし、トータルのプレイ時間は30000時間を超える。その後、定時制高校に入学。地域のために活動する同世代、社会人に影響を受け、高校3年で起業。様々なプロジェクトを立ち上げる。

2017年、47都道府県すべてから参加者を集めて、世界遺産の高野山で開催した「地方創生会議」がTwitterのトレンド1位を獲得。その後、クラウドファンディングと連携した1億円規模の地方創生ファンド「NagomiShareFund」を設立し、地方創生の新しい仕組みを構築中。GlobalShapers(ダボス会議が認定する世界の若手リーダー)に選出。
「高画質」 小幡和輝プロフィール 横長

メディア出演 NHK・フジテレビ・日本経済新聞・The Japan Times など