小幡和輝オフィシャルブログ

約10年の不登校を経験後、高校3年で起業。 もっと詳しい自己紹介は下の記事を! 社会のギモンに切り込んでいきます。

カテゴリ: 不登校

感無量です。

自分の本がAmazonに並ぶって嬉しいですね。

7月20日(僕の誕生日)に新書が発売します!(Amazon予約スタートしました)




茂木健一郎さんからステキなコメントもいただきました。

この本は凄い。学校に行けない子どもたちに、「居場所」を作ってくれる。
小幡さんや家入さん吉藤さん、いろいろな人の話を読んでいるうちに、大丈夫、人生は楽しいと納得できる。
小幡さんには、愛があるなあ。――茂木健一郎(脳科学者)


茂木さんとの対談はこちら→茂木健一郎×小幡和輝:「学校に行きたくない」子どもに対する“親”としての選択肢

「学校は行かなくてもいい」

こうやって書くと不快に思う方もいらっしゃるかもしれません。

でも、僕はやっぱり伝えたい。学校がすべてじゃないと。

デザインでも強調していますが「も」が重要です。

学校以外の「選択肢」もあるということを伝えたい。

そのための「正しい不登校のやり方」です。

前作、不登校から高校生社長への内容をベースに再編集。マンガも加わりました。(作 あんじゅ先生

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そして、このブログに寄稿してもらった不登校体験談も多数掲載しています。

みなさんありがとうございます。

不登校の当事者に限らず、先生や教育に関わる方、子どもをもつ親世代の方にはぜひ読んでいただきたいです。

学校の役割を改めて考えたい。

僕は学校は行けるなら行ったらいいと思うし、学校を否定するつもりは一切ありません。

ぜひ感想や書評をブログなどに書いてください。書いたらご連絡ください。

Twitterで紹介するのと、このブログ内でもリンク付きですべて紹介させていただきます。(@nagomiobataをつけてツイートいただけると早いです。)#は #学校は行かなくてもいい

・・・ぜひAmazonレビューも書いてくれると嬉しいな。。

なお、この本の印税は#不登校は不幸じゃないの開催資金にあてさせていただきます。

またBASEで特典付きも同時発売します!

サイン&メッセージ付き書籍はこちら

小幡の講演会付き書籍はこちら

この本に限らずですが、最近自分でも考えられないくらい、やりたいことをやらせていただいてます。

みなさまに直接感謝をお伝えしたく7月22日に東京で誕生日感謝祭を行います。

(昨年は和歌山で開催したので今年は東京です。なお、改めて詳細はお知らせしますが7月28日14時から和歌山でもイベントを開催予定です。)

時間は13時から17時まで。場所はお茶の水。(入退場自由)

会費は無料です。(会費代わりに本を買っていただけるととても嬉しいです。当日持って来ていただけたらサインとかします。)

ドリンクとちょっとしたお菓子くらいを出そうと思ってますが、持ち込み大歓迎です。(未成年もくると思うのでお酒はなしでお願いします!)

18時に会場撤収するので、そのあともしよかったらみんなで飲みに行きましょう!

僕の周りには地域活性化・教育・フリーランス・起業家・学生など、様々なジャンルで活動する方がいらっしゃるので、ジャンルを超えたつながりが生まれたらとても嬉しいな。

お待ちしています。

詳細はこちらをご覧ください。

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小幡和輝 Kazuki Obata (@nagomiobata)
ブログの感想とかTwitterでいただけると嬉しいです。

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小幡和輝へのお仕事依頼について

NagomiShareFund & 地方創生会議 Founder/内閣府地域活性化伝道師

1994年、和歌山県生まれ。約10年間の不登校を経験。当時は1日のほとんどをゲームに費やし、トータルのプレイ時間は30000時間を超える。その後、定時制高校に入学。地域のために活動する同世代、社会人に影響を受け、高校3年で起業。様々なプロジェクトを立ち上げる。

2017年、47都道府県すべてから参加者を集めて、世界遺産の高野山で開催した「地方創生会議」がTwitterのトレンド1位を獲得。その後、クラウドファンディングと連携した1億円規模の地方創生ファンド「NagomiShareFund」を設立し、地方創生の新しい仕組みを構築中。GlobalShapers(ダボス会議が認定する世界の若手リーダー)に選出。

「高画質」 小幡和輝プロフィール 横長


メディア出演 NHK・フジテレビ・日本経済新聞・The Japan Times など



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僕は小学校から10年間、不登校でした。だけどさまざまな出会いやきっかけがあり、高校生3年生の時に起業しました。僕の経験が同じように不登校で悩んでいる子の役に立ててばと思い、今までも僕の実体験をもとに発信てきました。だけど不登校にはいろんなタイプがあるので、僕の体験がすべてに当てはまるとは思っていません。ということで、不登校の経験がある方々との対談企画を全8回に渡ってお届けします。
たくさんの事例の中で共通することはなにか。また不登校の経験がいまどのように活きているのかを聞いてきました。

第4回のゲストは、吉藤オリィ(吉藤 健太朗)さんです。

※この対談は、書籍「不登校から高校生社長へ」に収録したものを、一部加筆・修正したものです。

吉藤オリィ(吉藤 健太朗)

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1987年奈良県葛城市出身。小学5年~中学3年まで不登校。高校の3年間、ものづくりの巨匠、久保田憲司師匠に師事し、行った電動車椅子の新機構の発明により、国内最大の科学コンテストJSECにて文部科学大臣賞、世界最大の科学コンテストIntel International Science and Engineering FairにてGrand Award 3rd を受賞、その後寄せられた相談と自身の療養経験から、孤独の解消を志す。

高専にて人工知能を研究した後、早稲田大学にて2009年から孤独解消を目的とした分身ロボットの研究開発を独自のアプローチで取り組み、自分の研究室を立ち上げ、2012年株式会社オリィ研究所を設立、代表取締役所長。青年版国民栄誉賞「人間力大賞」、スタンフォード大学E-bootCamp日本代表、ほか AERA「日本を突破する100人」、フォーブス誌が選ぶアジアを代表する青年30人「30 Under 30 2016 ASIA」など。

小幡:学校以外のコミュニティってどういうところがありましたか?

オリィ:あまりなかったんですよ。それがね、私の場合良くなかったかな。

ボーイスカウトはやっていたんだけど、クラスメイトもいたし集団行動が苦手だったんで、やっぱり辛かったなぁ。

小幡:ずっと家にいたんですか?

オリィ:ずっと家だったね。

うちの父親がキャンプが大好きだから、たまに山に連れられて父親と山で過ごした時間は意外と長かったかも。

小幡:二人で行くんですか?

オ)そうそう。他には勝手にキャンプに申し込まれて、どこかのキャンプに参加させられる。

そこだと知らない人ばかりだから、学校に行っていないことを知らないので、全くフラットな状態で新しい人間関係を作れるのは良かったかもね。

ただし、当時は携帯電話とかもなかったし、知り合った後、ずっと関係が続くわけではなく、基本的に一期一会。そういうことは何回かあった。

小学校5~6年生の時に父親に無人島に行ってこいと言われて。1週間、和歌山の無人島でキャンプ生活を送った。途中でめっちゃお腹が痛くなって大変だったんだけど(笑)

小幡:それ重要ですよね。自分が不登校と見られたくないとかってあると思うので。僕もそうなんですが。

カードゲームの話なんですけど、地元のカードショップに行かずにちょっと離れたところに行っていたんです。

そこだと僕のことを不登校ってみんな知らないから、そこがすごく居心地が良くて。

だからその子たちには未だに不登校って誰にも言ってなかったんですけど。なんかそういう居場所ってすごく大事だなって。

駄目なことはわかってるんですよね。学校に行かなきゃいけない、行ったほうがいいと何となく理解しつつも、でも行けないという。

オリィ:なんか後ろめたさだよね。

小幡:そうそう。

オリィ:自分はダメなやつだと、どっかで思ってしまっているというコンプレックスがあるんだよね。

コンプレックスは2つの見方があって、1つは「ストレス」としての取り方と、もう1つは「コンプレックスが人を成長させる」とある意味思っていて。

単純に右手が骨折した時は左手で物が書けるようになるわけだし。

自分は特定の分野ではダメだと思ってしまっているからこそ、例えば絵を描くのだったり、音楽だったり、遊戯王のカードだったりとかでは力を発揮出来るという考え方もあるよね。

小幡:学校に行かない時間を結局どう使うかだと思っていて。その間の時間て、すごく暇だと思うんですよ。

例えばオリィさんなら折り紙だと思うんですが、僕だったらゲームだったりとか。

何かにはまり込んだり、自分で時間を考えて動いていく力って才能だなと思っていて。そこを肯定して、むしろ伸ばしてあげるような。

オリィ:私はコミュニティだと思うね。

私が絵を描いたり、折り紙を続けられたのも、別に誰にも褒められずに狂ったように絵を描いていたわけではないんだよね。

やっぱり誰かに見て欲しいとか、作った折り紙作品を誰にプレゼントをしたいとかいうのがあったわけよ。

さっき言ったみたいに、コンプレックスがあるから、誰かに認められる自分を探さなきゃいけないと思って。

たぶん、家にずっといて「何かやらなきゃ」って思える人って多くないと思う。

小幡:でもインターネットがあるから作品とか見てもらえたり。

オリィ:それはいけると思う。今と昔の大きな違いってインターネットがある。いずれにしろ『人』なんだよね。

人工知能で人を癒せるのかという研究をしばらくやっていたんだけど、結果的にそれは無理だと判断して。

やっぱり人間って「誰かに必要とされる自分」を得たい、自覚したいんだよね。インターネット上も人だから。

例えばSNSとかも全部人工知能とかNPCキャラクター*だったらそこまで夢中になれないと思うんだよね。

*プレイヤーが操作しないキャラクター

小幡:学校の役割って僕は2つあると思っていて、1つは「勉強する場所」ともう一つは「同世代の友達、コミュニティを作る場所」だと思っていて。

勉強の方は最近は代用出来ると思っていて、自宅のホームスクーリングとかあると思うんですが。

コミュニティは学校の役割がすごく大きくて、行かなかったら別のところで代替えするものを持っていないと。

色んな当事者の子たちと話してる中で、そういうコミュニティがなく、本当に家だけにずっといる子って人と話すのが苦手だし。

今後、社会に復帰していくとなると色んな壁があるんだろうなと。


オリィ:小幡くんを見て驚いたのは不登校だったのによく喋るなと思って(笑)

私も学校に行っていない子供達と会う事多いんだけど、喋るのって難しいんだよね。私も19歳までは話すの苦手だったし。

私の友人でもずっと学校に行かずに入院して過ごして来た人がいて、やっぱり人との距離感とか、何を言ったら人を怒らせるのかという感覚がわかっていなかったり。

そもそもセンスというか、人との価値観や距離感が全然違ったりする。

私はそれを「コミュニケーション非ネイティブ」と呼んでる。私はネイティブじゃなくて、完全に非ネイティブで後から勉強した人間なんで。

そんな風になってしまったのは3年半の不登校がやっぱり原因ですね

小幡:確かにそういう意味でいうと、僕は本当に1人でいる時間はあんまりなかったですね。

学校に行かなくなってもいとこと遊んでましたし、適応指導教室にも行きだして、その次はゲームする友達が出来て。

学校じゃないところに常に誰かがいたなと思っていて。

オリィ:居場所があるということと、身近な人が理解してくれるというのはメンタル的には大きいよね。

たぶん引きこもる時って、まず始めは安心して引きこもりたいんだよね。

「学校に行け」とか「今やっていることは間違っているんだ」とか言われて、焦燥感とかそういう状態になっていると、心が弱っていて安定していないので、学校に行ったところで行けるようにならないし。

今思えば、ちゃんと引きこもらせてくれたことはすごくありがたい。
もちろんそれだけでずっと引きこもってしまっていたら大変だったかもしれないけど。

小幡:社会に戻ってくるというきっかけは何かありましたか?

オリィ:私の場合は、うちの母親の面白い発想で(笑)

「折り紙が出来る人はきっとロボットが出来るに違いない」と言われ、しかも「地元のロボットの大会に申し込んどいたから出てらっしゃい」と言われて出る事になり、そしたらなぜか私以外の人がクリアできなかったコースをクリア出来て優勝しちゃって。

それで、ロボットが面白いなとなんとなく思っていたら、その1年後の中学校2年生の時にロボットの関西大会があったんです。

そこに出ることになって、たくさんプログラミングをして、ロボットをちゃんと作ったら準優勝が出来たんですよね。

そこで、人生で初めてめちゃくちゃ頑張ったことが認められたという経験と、こんだけ頑張ったのに1位になれなかった悔しさの両方を得ることが出来たんです。

それが2001年でしたね。

そこでたまたま、すごいロボットを創られている先生と出逢って、その先生が地元の工業高校にいらっしゃると聞いて、その先生に弟子入りしたいなと思ったのがきっかけです。

うちの親がまた巧妙で「高校に行くためには不登校だと行けないんだよ。出席点とか内申点とかあるから、その先生のところに行けないよ」と言われて。

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でもその当時はすごく辛かったんですよね。

本当に人と話さないのが何週間も続いたので、日本語だって出てこない。
意識が朦朧としていて、勝手に夜中に家からぷらっと歩いていて、気が付いたら池の前に立っていたということもあったんですよね。

そんな状態だったので、その時の記憶が完全に鮮明なわけじゃないんだけど。それがきっかけで「学校に行かなきゃ」「1年後に高校に入るんだ」という気持ちになりました。

そういう親からの後押しがあって学校に行くようになりましたね。

元々、小学校に入った時から授業は逃げまくっていたので、私の場合は小幡くんと違ってまーったく勉強が出来ないし、やる気もない。本も読めない。
そこからのスタートで、人生で1番勉強をしたのが中学校3年生の時だと思う。

人が怖いから、面接が滅茶苦茶めちゃくちゃ怖くて。だから、面接のない入試方法を選択した。

小幡:その時の経験で活きているエピソードとかありますか?

オリィ:バネを縮めていた感じはするかな。

もしかしたら押しつぶされていた可能性だってあるので、よかったかどうかはわからないけど。

その時、何かしたいという気持ちはすごくあったけど、でも何も出来ないし、世界って学校と家しか私はにはなかったから。

学校にはいれないし、家ではずっとひとりぼっちでいて、ゲームは最初やっていたんだけど飽きちゃって。

インターネットも携帯もないし、人とは繋がれない。

自分に対する嫌悪感がすごく強くて、「人に迷惑をかけ続けている」「心配をかけ続けている」という感覚があったので、自分を好きになれなかった。

「このままいない方が世の中のためなんじゃないか。親とか学校のクラスメイトも、もしかしたらそれを望んでいるんじゃないか」。

そんなことまで考える状態になっていたから、ものづくりで世の中に役立つものが作れるんじゃないか、溜め込んでいたものを吐き出せるんじゃなというものに高校時代に出逢えて。師匠に物作りを教えてもらって、車椅子を作ったら世界3位の賞が取れたりだとか、アメリカにプレゼンしに行ったり、そういった経験が出来たのは本当に良かったな。

ただ1つだけ言いたいのは、生まれ変わったら不登校は絶対に経験をしたくない(笑)

小幡:行けるなら行ったほうがいいですね。

オリィ:行けるなら行ったほうがい良いよ。

無理やり行けとは言わないし、学校が合わないと思ったら行かなくてもいいけど、ただ居場所を失うのは本当に辛い。

だから私は「居場所」という概念にこだわっていて、シェアハウスも運営してたりする。

オリィっていう名前も折り紙からもきているんだけど、例えばTerritory(テリトリィー)とかねFactory(ファクトリー)とか「場所」っていう言葉の後ろに付く言葉だったりするんだよね。

自分がそこにいても良いと思える場所が仕事の話にも繋がっているんだけど。

筋萎縮性側索硬化症(ALS)*の人は日本に約1万人いるんですが、呼吸器を付けたら延命が出来るんですが、呼吸器を付ける人は約3割しかいないんですよ。

*重篤な筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患で、運動ニューロン病の一種。極めて進行が速く、半数ほどが発症後3年から5年で呼吸筋麻痺により死亡する(人工呼吸器の装着による延命は可能)。治癒のための有効な治療法は現在確立されていない


理由は寝たきり、目しか動かなくなって、意識はハッキリしているのに何も出来ない。

でも、社会や周りの人たちは自分のために色々やってくれる。

それに対して「ありがとう」という言葉すらかけることも出来ない。

「家族に迷惑を掛け続けて、このまま生き続けるのなら、自分は死んだ方が良いだろう」ということを正常な頭で判断し、呼吸器を付けないで尊厳死するという死に方をしている人に何人も会ってきました。

私も友人を何人か亡くしたんだけど、居場所っていうのは「この世」でもあるんだよね。

この世に「居場所」が得られるかどうか。

つまりこの世の中に、学校は小さなコミュニティだとしても、この世という大きなコミュニティの中で自分はもうこの世にいない方がいいなと判断するのはあまりにも辛いことだと…。

自分がここにいるということが認識され、その人が「ここにいる価値」とか「いる意味」を作り出していく。

それが私の考える孤独の解消方法で、人工知能のパートナーロボットを作るんじゃなくて、人間のコミュニティに入っていくためには、体が動かない人でももう一個の体を使って学校に行けるようにしたりだとか、適材適所の方法を作り出す。

そういったことを今やっているわけなんだけど、そういったことをするための原動力には間違いなくなっているよね。

本当に自分でも死にたいと思ったときにはあったしね。

そういう経験をする人が少しでも減ったら良いなとは思っている。

私は、何かを得るためにはコミュニティや人は欠かせないと思う。
本当にひとりぼっちで部屋にいて何もない状態で部屋に縛られて何かを生み出すことは絶対に出来ないと思っている。

学校に行かなくても、ずっと家にいるんじゃなくてね、学校は選択肢の1つで、小幡くんが言ったみたいに、同じような趣味の人が集まれる場所だったり、たまにはゲームの大会に参加してみようとか。

これからはそういう選択肢が出来る子供が増えたらいいなと思いますね。

他の対談はこちら

大量生産モデルの学校に馴染めない子は社会不適合なの?JERRYBEANS×小幡和輝対談(前編)

ある日を境に一人ぼっちに。逃げ続けた先に見えた、好きと才能を生かす世界。家入一真×小幡和輝対談(前編)

不登校でもいい。学校以外に居場所を見つけよう。河合未緒×小幡和輝対談(前編)


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小幡和輝の新書はこちら

学校は行かなくてもいい漫画付き.001




新書発売と書評募集、そして誕生日感謝祭のお知らせ。
http://www.obatakazuki.com/24575867

小幡和輝 Kazuki Obata (@nagomiobata)
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小幡和輝へのお仕事依頼について

NagomiShareFund & 地方創生会議 Founder/内閣府地域活性化伝道師

1994年、和歌山県生まれ。約10年間の不登校を経験。当時は1日のほとんどをゲームに費やし、トータルのプレイ時間は30000時間を超える。その後、定時制高校に入学。地域のために活動する同世代、社会人に影響を受け、高校3年で起業。様々なプロジェクトを立ち上げる。

2017年、47都道府県すべてから参加者を集めて、世界遺産の高野山で開催した「地方創生会議」がTwitterのトレンド1位を獲得。その後、クラウドファンディングと連携した1億円規模の地方創生ファンド「NagomiShareFund」を設立し、地方創生の新しい仕組みを構築中。GlobalShapers(ダボス会議が認定する世界の若手リーダー)に選出。

「高画質」 小幡和輝プロフィール 横長


メディア出演 NHK・フジテレビ・日本経済新聞・The Japan Times など

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僕は小学校から10年間、不登校でした。だけどさまざまな出会いやきっかけがあり、高校生3年生の時に起業しました。僕の経験が同じように不登校で悩んでいる子の役に立ててばと思い、今までも僕の実体験をもとに発信てきました。だけど不登校にはいろんなタイプがあるので、僕の体験がすべてに当てはまるとは思っていません。ということで、不登校の経験がある方々との対談企画を全8回に渡ってお届けします。
たくさんの事例の中で共通することはなにか。また不登校の経験がいまどのように活きているのかを聞いてきました。

第1回のゲストは、不登校からバンドマンになった「JERRYBEANS」です。

※この対談は、書籍「不登校から高校生社長へ」に収録したものを、一部加筆・修正したものです。

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(プロフィール)

JERRYBEANS ( 山崎史朗 ・山崎雄介 ・八田典之)

1998年結成。双子の兄弟であるボーカル&ギター山崎史朗、ドラム山崎雄介、そして不登校を通じて知り合ったベース八田典之からなるバンド。
3人とも小学校高学年から中学校3年生まで不登校で、ひきこもりだった時期もあった。
そんな経験からなるメッセージを、語りと歌で伝える講演ライブスタイルで、全国に向けて届けている。主に、学校や福祉施設または地域のイベントで、年間約100回の講演ライブを行なっている。

小幡:親に対する思いは、どうですか?僕は、父親と小2から衝突してめちゃめちゃ喧嘩してましたけど、今、超仲いいですよ。講演の話を持ってきてくれたり、新聞に載ると嬉しそうだったり。

史朗:学校を回って活動する中で、親も苦しんでたってこと、知ったな。自分らばっかり被害者みたいに思ってたけど。親も、急に子どもの問題が自分の問題になって、「学校行かへん子どもの親」っていうレッテルを貼られてしまうから、心に余裕がなくなって向き合えへん。「この子の将来が終わり」ってなってしまって、「自分はダメな親」となってしまうんやな。

雄介:親と子の心のバランスって、すごく似てるなって思う。どっちかだけのことをなんとかしようと頑張っても解決しないなって。自分の子育てを全部否定されて、心が折れてしまう親の人もいる。

知り合いの里親さんの「子育て60点」って歌があって、その言葉がすごく好きなんやけど。親も子も完璧を目指さなくてもいいと思う。お母さんは子育て60点を目指せれば十分やと思う。後の40点は自分のために使って、そこで元気になって少しでも多く心から笑えるならその姿が、子どもにとってすごく大事やなって思う。

八田:俺は、親がきっかけをくれたことに感謝してる。音楽始めたのは、親が雑誌買ってきてくれて興味持ったから。好きなことに夢中になるって大事。好きなことと出会えるきっかけを、押しつけでなく、さりげない形でくたくさん作ってあげてほしい。

小幡:僕も親には、やりたいってこと、全部やらせてもらってました。ゲームとか株とか、やりたいこと、基本的に反対されなかった。それは大きいですね。

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雄介:俺らに共通してるのは、遊びから音楽を始めたことと、それを親が否定しなかったってことかな。ちょっとでも「そんなんやってんと勉強しなさい」って言われてたら、自分に自信は持ててへんかったし、ここまで続けてこれへんかったと思う。
あと今自分にも問われてることやねんけど、講演ライブを観て下さった親御さんから「うちの子も、ジェリービーンズさんにみたいになれるようにがんばります」って言われたことがあって、親や他人が望む道筋に子どもを押しつけてほしくなくて。

きっかけはいくらでも作ってあげた方がいいと思う。自分の活動でもそこはいつも意識して気をつけなあかんなって、後はその子がこれがしたいって思えたならその手助けや背中を押してあげれたらいいと思う。

八田:思えば、今の活動をするまで不登校の経験は「恥ずかしい過去」やった。全然そんなことないのに。

史朗:そうそう。ずっと一緒に音楽やってきたけど「なんで行けへんかったんか」ってことはお互い一度だって話したことがなくて。大人になって教員向けの勉強会で講師をして、初めてそれぞれの過去の話をして人生観が大きく変わった。恥ずかしい過去でも人の役に立てるんやって。人生って無駄なことはなかったんやって心から思えた。
 
小幡:話すことで、っていうのはありますね。不登校って出すことで、いろんな人が喜んでくれる。すげー嬉しいなって。「意外と自分のこの経験、いいぞ」みたいな。隠したい過去だったのが、出していくことに価値があるって思ったのがすごい大きいですね。

雄介:怖かったけど自分の経験を喋ってみて、拍手をもらって「あっ」て気づいた。乗り越えたとは違って、納得できた感じ。今までの経験は誰かに話すためにあった出来事なんかもしれへんなって。

小幡:その期間があったから今がある、と思えた瞬間というか。

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雄介:そう、その瞬間が人生の転機やったな。不登校の時、理由がわからなくて心が整理できていない状態で、自分でも学校に行けへんことが「悪いこと」やと思ってて、なかなか声に出せへんかった。けど、わからへんことも含めて少しずつでもしゃべることや伝えることで整理できることもあると思う。

史朗:あの頃の自分にどう言えば行けたんやろって考えても、わからへんよな。どんなにいい言葉を聞いても、言葉の理解力もないし伝わらない。自分がなんでこんなにしんどいのかもわからなかったし、だけど自分と同じように悩んでいる人が大人になって笑って生きてる姿を見て「自分もあの人らみたいに笑える未来があるかもしれない」と思って欲しい。

言葉ではなく音楽で感覚に訴えたい。そして今の悩みを言葉で伝えられなくても「自分もあの人と同じだよ」ってまわりに言えることで今の苦しみを伝えてほしい。僕らにももしそういう存在の人いたらなら何か変わっていたのかもしれないしね。 

雄介:俺はずっと心が弱いし死にたい願望も強かったけど、どんな状況でもその時その時で楽しかったり幸せを感じたりする瞬間があって、生きてれば何度でもその気持ちに出会えると思う。それを伝えたいな。

八田:将来のことなんて誰にもわからへんし、みんな不安で当たり前やんな。「学校に行かないこの子の将来はどうなるんだろう」と悩んでいた親を見て、あの頃すごく不安やった。

小幡:自分が悪いわけじゃなく、あくまでもこの日本のシステムの中で合ってないだけ。16歳からは自由な世界が待ってるし、学校しか世界を知らないと視野が狭いと思うんですよね。学校の勉強とかスポーツができる、だけの評価基準じゃなくて、本当はもっといろんな基準があるから。

八田:みんなと同じように学校に合わへんくても、社会に出たら、その個性を生かせる場所がたくさんある。共通の好きなもので繋がれるし、それがきっかけで友達が増える世界がある。

史朗:そうそう。学校では「みんなと違う」でコンプレックス持つけど、社会に出たら「みんなと違う」が生きる。
 
八田: 僕らの活動もオリジナルが大事やもんな。

小幡:僕、不登校は才能だ、と思ってて。現状の仕組みに対して、なんか違うぞって、違和感を持てる。そして親を説得する力があって、「行かない」選択をしたんですよね。不登校の子って、すごい可能性がある。あと、子どもが親に相談するって、勇気出して、相当悩んでの一言だと思うから、本気で向き合ってあげてほしいって思います。

他の対談はこちら

ある日を境に一人ぼっちに。逃げ続けた先に見えた、好きと才能を生かす世界。家入一真×小幡和輝対談(前編)

不登校でもいい。学校以外に居場所を見つけよう。河合未緒×小幡和輝対談(前編)

田舎ならではの狭いコミュニティが辛かった。吉藤オリィ×小幡和輝対談(前編)

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小幡和輝の新書はこちら

学校は行かなくてもいい漫画付き.001




新書発売と書評募集、そして誕生日感謝祭のお知らせ。
http://www.obatakazuki.com/24575867

小幡和輝 Kazuki Obata (@nagomiobata)
ブログの感想とかTwitterでいただけると嬉しいです。

LINE@はじめました!仕事の募集、僕からの相談、お知らせ、雑談など

小幡和輝へのお仕事依頼について

NagomiShareFund & 地方創生会議 Founder/内閣府地域活性化伝道師

1994年、和歌山県生まれ。約10年間の不登校を経験。当時は1日のほとんどをゲームに費やし、トータルのプレイ時間は30000時間を超える。その後、定時制高校に入学。地域のために活動する同世代、社会人に影響を受け、高校3年で起業。様々なプロジェクトを立ち上げる。

2017年、47都道府県すべてから参加者を集めて、世界遺産の高野山で開催した「地方創生会議」がTwitterのトレンド1位を獲得。その後、クラウドファンディングと連携した1億円規模の地方創生ファンド「NagomiShareFund」を設立し、地方創生の新しい仕組みを構築中。GlobalShapers(ダボス会議が認定する世界の若手リーダー)に選出。

「高画質」 小幡和輝プロフィール 横長


メディア出演 NHK・フジテレビ・日本経済新聞・The Japan Times など

著書「不登校から高校生社長へ」
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僕は小学校から10年間、不登校でした。だけどさまざまな出会いやきっかけがあり、高校生3年生の時に起業しました。僕の経験が同じように不登校で悩んでいる子の役に立ててばと思い、今までも僕の実体験をもとに発信てきました。だけど不登校にはいろんなタイプがあるので、僕の体験がすべてに当てはまるとは思っていません。ということで、不登校の経験がある方々との対談企画を全8回に渡ってお届けします。
たくさんの事例の中で共通することはなにか。また不登校の経験がいまどのように活きているのかを聞いてきました。

第3回のゲストは、河合未緒さんです。

※この対談は、書籍「不登校から高校生社長へ」に収録したものを、一部加筆・修正したものです。

河合未緒

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ネット上で不登校経験者と不登校生が相談できるサイト「Clue」・元不登校生のインタビューサイト「Load」をリリース。インバウンド事業で日本人・外国人向けに簡単に着れる着物&帯を販売。

小幡和輝:不登校になった経緯はどんな感じだったんですか?

河合未緒:簡単に言ってしまうと、学校でいじめに合ったことが原因です。

女子特有のいじめで暴力的な目に見えるいじめではなく、わかるかわからないかのジワジワ精神的に追い詰めていく感じで、ちょっとノイローゼ気味になりました。

学校の先生に相談をしたところ、目に見えないから明確なことをわかってもらえず「それはいじめられているわけではない」と言われてしまいました。

親には長男長女特有の中々相談出来ないという感じで、1人で抱え込んでいたら精神的にやられてしまってある日、何かが壊れたって感じですね。

小幡:家入さんの話にも繋がりますね。

河合:そうですね。家入さんの話と似ているというか、共感する部分が多々あります。

小幡:僕もそれはありましたね。何で行きたくないのかと言われても、これという決定的な理由はなくて。

僕はいじめられるというよりかは、空気が合わないというか、いじめよりも更に難しく、向こうはいじめてる気もないんだけど。何かあるじゃないですか。

集団の中に上手く馴染めない。僕的には居心地が悪い空間なんだけど、向こうはいじめている気持ちはないみたいな。

河合:私も結局そういう感じですね。向こうはいじめてるって感覚はなくて。

小幡:僕の場合は小学2年生の中盤くらいに、殴られるというわかりやすいいじめが起きたんですよね。それで逆に言うと救われたというか決め手になって行かない理由が出来た。

逆にそれが良かったんですよね。周りからもわかるじゃないですか。

先生は助けなきゃいけないと思うし、空気感てすごい難しいから。空気感でいじめられるというか居心地が悪くなるとかなり厳しいんだろうなって。

河合:そうですね。大きな理由がないと学校に行かなきゃいけないという部分が社会の風潮としてあるじゃないですか。

日本は行かない選択肢は「ない」っていう感覚に近いんで。

小幡:結局殴る蹴るくらいのいじめになれば対処しやすいっていうのはありますよね。

周りにもわかるし、殴られて帰ってきたら親は大丈夫か?ってなるし。そこで結構悩んでいる子も多いと思うんですよね。クラスに馴染めないみたいな。

河合:特に女の子は多いと思いますね。女の子の相談をよく受けるんですけど。

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小幡:学校に行かなかったのはいつの話ですか?

河合:中学校3年間丸々ですね。

小幡:中学でもそういうことあるんですね。

河合:中学の方が独特の思春期を絡んでいるんで小学生より陰湿ですね。

周りと精神年齢も合わないっていうのもありましたけどね。私は逆にそいうのがあんまりなかったんで。

精神年齢が若干大人びていたというのもあって。可愛げのない子供だったんですけど(笑)

ただ、そこでいじめられて学校に行かなくなったからこそ、コミュニケーション能力の大切さに気付いたし、それがないともっと人と接するのが下手だった気がします。

世間に馴染むためのきっかけというか、後々考えてみたらそうだったんだろうなと。当時は相当苦しかったですけどね。

小幡:その時親の反応はどうだったんですか?

河合:親は学校に行けの一点張りだったので余計に辛かったですね。家にも居場所がない感じがしたので。

家に居場所があったっていう人の話を聞くと羨ましいなって思います。それだけでだいぶ救われるんで。

小幡:不登校気味だったんですか?完全に不登校でしたか?

河合:完全に不登校でした。

小幡:完全に不登校だったけど親はそれでも行けと?

河合:そうですね。今回の対談で居場所がそれぞれ合った人は救われている感じがしたんですが、それもなかったんで、そこがだいぶ大きいですよね。

小幡:そっからどういう風に戻っていったんですか?

河合:高校ですね。定時制高校だったんで、周りも不登校だった子もいたし、いきなり全て出席しないで、たまに休んだりもして徐々に毎日行くようになりました。

やっぱり時間は掛かりますよね。

自分としては家入さんもおっしゃってたと思うんですが、学校に行きたくないわけではなくて、同じようにみんなと一緒のレールの上を歩きたい派だったんです。

学校に戻りたくて仕方がなかったので、自分で行きたいという気持ちがあった。他には高校で出会いもあったんですが、やはり居場所を見つけられたのがあります。

学校だけだときつかったんですけど、途中で美術部に入ってそこで居場所を見つけたって感じだったんで。美術部に入らなかったら、もしかしたら卒業が伸びていたのか、退学をしていたかもしれません。

小幡:中学校時代はずっと家にいたんですか?

河合:ずっと家にいましたね。習い事とかをしていて、きついと思うんですがそのまま学校行かなくなってもそれを続けるとかだったらまだ少しは可能性があったんですが。

中学に入るタイミングで勉強に集中したかったので、全ての習い事をやめてしまったんですよね。

学校に行かなくなってから、新しく居場所を見つけるとなると厳しいところではありますよね。

小幡:そうですよね。同じ地域の人だと同級生に会うじゃないですか。学校に行ってないことを突っ込まれたくないから、外にあまり出たくないんですよね。

登下校の時間はあえて避けて移動したりしていましたね。

河合:会いたくないですよね。車で移動する時も見られたくなくて、車の中でも常にしゃがんで窓から見えないように移動したりもしていました。

小幡:僕はカードゲームを地元ではなくて、電車で1時間かかるところでやっていたんですよ。地元のカードゲームする場所もあったんですが、そこに行くと学校の子に会うので避けてました。

そう考えると離れたところに行って居場所を作るのはありかもしれないですね。転校までは行かなくてもコミュニティを一旦変えてみるというのはすごい大事な気がしていて。

河合:私、転校したんですよ。違う学校に行ってみたけど、学校へは行けなかったですね。誰も信用できなくて人が怖いから始まっていたので。

人に対する恐怖心をある程度緩和させてから転校とかしないと、結局行けなくなっちゃうんだとうなと思いますね。

小幡:僕の場合は学校に行ってなかったですけど、行ってなかった時に、カードゲームショップとか適応指導教室とかがあったので。

学校に行っていないというだけで毎日のようにみんなで遊ぶし、勉強もたまにするし。結局、家にずっといたことがほぼなくて。

学校に行かなくても、他のコミュニティに入ったり、人とコミュニケーションとれたりする環境なら本気で行かなくていんじゃないかなって思います。

カードゲームショップでは僕のことを不登校だって誰も知らなくて、そのくらい見ても誰もわからないんですよね。

学校に行ってなかったけど、まぁまぁ明るかったんで、ちょっと変わった例かもしれないですよね。明るい不登校みたいな。

河合:それは人が怖いっていうのがあるかないかだと思うんですけど、親に責められたりしました?

小幡:最初はそうでしたね。毎朝喧嘩でしたし。

河合:その状態で人間不信にはならなかったんですか?

小幡:いとこの存在が大きかったと思います。いとこの家が実家から徒歩2分だったのでありがたかったかなと思います。

河合:今は核家族ですもんね。そういう問題も絡んできていますよね。

昔は近所の人の目があったり、親戚が近くにいたり、自然と他にコミュニティだったりコミュニケーションを取る機会が多かったと思うので、そこで救われる部分もあったりしますからね。

小幡:近くに親戚がいる地域だと、極端な話、学校に行かない選択をした時に親戚に預けてお母さんが働くことも出来ますが、都会で家族だけ孤立していたら、そもそも家に子供だけを残しておくことが出来ない。

地域コミュニティが改めて大事だなと思いますね。

河合:私も親が転勤族だったんで、ずっと昔からの知り合いがいなくなってしまったというのも影響していると思います。

後編はこちら

不登校だから時間がたくさんある?それなら学校へ行くより価値あることをやろう。河合未緒×小幡和輝対談(後編)

他の対談はこちら

大量生産モデルの学校に馴染めない子は社会不適合なの?JERRYBEANS×小幡和輝対談(前編)

ある日を境に一人ぼっちに。逃げ続けた先に見えた、好きと才能を生かす世界。家入一真×小幡和輝対談(前編)

田舎ならではの狭いコミュニティが辛かった。吉藤オリィ×小幡和輝対談(前編)

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小幡和輝へのお仕事依頼について

NagomiShareFund & 地方創生会議 Founder/内閣府地域活性化伝道師

1994年、和歌山県生まれ。約10年間の不登校を経験。当時は1日のほとんどをゲームに費やし、トータルのプレイ時間は30000時間を超える。その後、定時制高校に入学。地域のために活動する同世代、社会人に影響を受け、高校3年で起業。様々なプロジェクトを立ち上げる。

2017年、47都道府県すべてから参加者を集めて、世界遺産の高野山で開催した「地方創生会議」がTwitterのトレンド1位を獲得。その後、クラウドファンディングと連携した1億円規模の地方創生ファンド「NagomiShareFund」を設立し、地方創生の新しい仕組みを構築中。GlobalShapers(ダボス会議が認定する世界の若手リーダー)に選出。

「高画質」 小幡和輝プロフィール 横長


メディア出演 NHK・フジテレビ・日本経済新聞・The Japan Times など
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僕は小学校から10年間、不登校でした。だけどさまざまな出会いやきっかけがあり、高校生3年生の時に起業しました。僕の経験が同じように不登校で悩んでいる子の役に立ててばと思い、今までも僕の実体験をもとに発信てきました。だけど不登校にはいろんなタイプがあるので、僕の体験がすべてに当てはまるとは思っていません。ということで、不登校の経験がある方々との対談企画を全8回に渡ってお届けします。
たくさんの事例の中で共通することはなにか。また不登校の経験がいまどのように活きているのかを聞いてきました。

第2回のゲストは、家入一真さんです。

※この対談は、書籍「不登校から高校生社長へ」に収録したものを、一部加筆・修正したものです。

家入一真

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1978年福岡県出身。中学2年から登校拒否、極度の引きこもりに。県立高校を1年で中退後、大検を取得し東京芸大を目指す。新聞奨学生をしながら芸大予備校に通い留年するが、父親の交通事故や自己破産などがあり、止むを得ず就職。

デザイン会社に入社し、在職中にウェブサイトのデザインや開発に興味を持つ。22才で株式会社paperboy&co.を福岡で創業、ロリポップレンタルサーバー、ムームードメイン、カラーミーショップ、ブクログなどを立ち上げ、25才で株式の一部を株式会社GMO(東証一部)にバイアウト。29才でJASDAQ市場、最年少で上場する。

現在は、クラウドファンディング「CAMPFIRE」代表取締役CEO。スマートEC「BASE」共同創業取締役。他、多数の企業の役員や顧問を務め、50社程のスタートアップ・ベンチャー投資も行う。また、現代の駆け込み寺(シェアハウス)「リバ邸」などの居場所づくりを行っている。

小幡:現在は講演や社長として世に話題性を提供され影響力のあるキラキラした社長というイメージが強いですが、当時の経験が活きている部分はありますか?

家入:良くも悪くも自分の弱さを受け入れられたのかな。自分はすごく弱い人間なんだということを、割と早いタイミングで認めることが出来たのはすごく良かったなと思っていて。

それが受け入れられなくて苦しんでいる人ってたくさんいるじゃないですか。

自分自身の中からかもしれないし、外からの圧力である場合もあると思うんですけど、「もっと強くならなきゃいけない」「自分はもっと出来るはずだ」とか。

それが良い風に働くこともあると思うんですけどね。

今の自分というものを否定して前に進もうとするのがすごくモチベーションになったりエネルギーになったりもするんだけど、一方で自分の心を疲弊させる原因にもなったりする。

ある学校の校長先生に呼ばれて、講演に行ったんですが、その時に「夢なんて持たなくていい」と話したんです。

夢を持つことである種の強迫観念を植え付けられて押しつぶされてしまうこともある。

このことを講演で話したら校長先生から怒られました(笑)先生方で賛同してくれた方もいたんですが。

割と僕は早い段階で自分はダメ人間なんだなということを受け入れたので、それが故に同じような思いをしている人に対して優しくありたいという気持ちは未だに変わらないですし、そういう人たちの居場所を作りたいなというのが未だに続いているわけなんで。

小幡:リバ邸とか?

家入:そうですね。そういう経験がなければ僕は今のような活動をしていないわけなんで。
結果的にはそういうことを経たというのは自分にとっては良かったんだろうなと今は思いますけどね。

でも20代後半とかまではそう思わないとやってられなかったみたいなところはありましたよね。

無理やり自分を納得させるというか。自分にはこういう経験があって、だから居場所を作るんだみたいな。

逆に言うと居場所を作るみたいな活動をしないと自分の過去が肯定されない感じがあって。

今は過去があったから今があると言えるけど、いきなりそういう境地になったけではなくて、ギャップみたいなものを埋めるためだったり、自分の過去を肯定するための行動だったり。

鶏が先か、卵が先かの話じゃないですがどっちが先かはわからないですね。

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小幡:学校はじゃあ行けたら行きたかったですか?

家入:滅茶苦茶行きたかったと思いますね。

なんかみんなと同じレールの上を走りたくないという言葉も良く聞きますけど、僕はどちらかというと走りたかったんだろうなと思っていて。

だけど、はずれざるを得なかったというか。

あんまり親への反発とか社会への反発とかが、もしかしたらあまりないかもしれないですね。

割りと普通に生きたかったというのがあって。普通に行ってたら、なんかわからないけど代理店とかで働いてるんじゃないかと未だに思ったりします(笑)

あったはずのもう一つの人生みたいなことを考えたりします。あのチン毛のところからの分岐点みたいな(笑)

小幡:あそこに戻れるとしたらそのまま言わずに?

家入:うん。今は戻りたいとは思わないけど、30歳くらいになるまでは、「あのチン毛さえなければ」と本気で思うこととかありましたけどね(笑)

小幡:その時は会社が上場したくらいですよね?その時でも思ったんですか?

家入:思いましたね。上場するって日本の全企業の0.01%とかなんですよ。

栄誉なことだとは思うんですが、「上場しておめでとうございます」と言われても、嬉しいんですけど違和感みたいなものが滅茶苦茶あって。

元々起業をしたいという思いから起業をして、上場することを追いかけていたら達成感があったと思うんですよ。

だけど元々がね、本当は絵で食べて行きたかったとか、駅前でオカリナを吹いて生活をしていきたかったというのがベースにあるので、会社がうまくいったと言われても、別に嬉しくなくて。

「成功しましたね」って言われても「成功の定義って何なんですかね」みたいな感じではあった。

とりあえずお金が入ってきて、みんなも喜んでいたから良かったのかなみたいな…。

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小幡:この本を呼んでくれているのが今悩んでいる子、もしくはその親になると思うんですが何かメッセージはありますか?

家入:僕はずっと不登校を隠していたんですよ。隠してたというか言う機会もなかったんですけど、そういう過去があるということをあまり言ってなくて。
福岡で起業したんですが、25歳くらいの時に東京に出てきて、それなりに伸びていて注目されている会社だったんですが。

その時に岡田有花というITメディアの記者にインタビューをされて。

最初は福岡から起業して東京に出てくるまでみたいな話をしたんですが、何か話が盛り上がっちゃって。

「そもそも何で起業なんですか?」みたいな話になって、ついつい過去のこととかも喋っちゃったんです。

喋りすぎちゃったなと思って削ってもらおうと思ったんですが、岡田有花という人は記者魂がある人だったんでしょうね。

確認したら削られると思ったのか勝手に出されちゃったんですよ。

「引きこもりからIT社長へ」というタイトルがYahooのトッページに掲載されて。

そこで色んな人に見られて、それこそ福岡の中学校時代の人から連絡がきたりしました。

それと同時に親御さんからの相談みたいなのがすごくきたんですよ。

どっちかっていうと引きこもりをしている子供というよりかは親からの相談が多かったです。

25歳だったんで良い言葉を返せなかったと思いますけど。その後、本を出したんですが、本が出た後も親御さんから相談がきて。

引きこもり側だった方なんで、親に対してアドバイスは出来ないですけど、僕の場合は親がある程度のところで諦めてくれた。

諦めるというのは悪いことばかりではなくて、完全に見捨てるって話ではないですよね。

「あなたはあなたの人生を生きなさい」といった態度で、最終的に受け入れてくれたのがすごく良かったなと思っていて。

ただ勿論、これは僕の場合という話で、例えば強制的に心をシゴキ治すような学校のようなところもあると思うんですが、そういうところに行って良かったですと言う人も多分いるんだろうし。

僕がそういうところに放り込まれたらたぶん死んでたと思うんですけど(笑)

結局のところ答えはなくて、何が正解なんて言い方はしたくないですが、一つだけ言えるとすれば、僕はこれは経営でも同じだと思っているんですが、とにかく大人が出来るというこっていうのは、選択肢を出してあげることだと思っています。

こういう生き方もあるよ。不登校になったけど、こういう生き方をしている人、こういう成功をしている人。

色んな人がいて色んな人生があって、あなたも自分の人生を生きなさいということをとにかく提示することしか出来ない。

僕はその提示をずっと拒絶・拒絶・拒絶としていたけど、色んな物が組み合わさって山田かまちの作品を見てみたいと思ったんですけど、親が選択肢というかカードを出すことをしてくれなかったら、僕はずっとそのまま引きこもり続けていたかもしれないし、それはわからない。

とにかく、きっかけみたいなものを無理に押し付けるんじゃなくて、一方的に例えばこういう本を読んでみたらみたいなものを渡してみて、読まずに放り出されてたとしても、じゃあ次に「こういう本もあったよ」「こういう展示があるよ」とか、「こういう人がいるよ」とか。

一方的に相手のことを思い機会を与えるというか。大人はそういうことしか出来ないんじゃないかなというのは思っています。

親は全ての子供に呪いを掛けると思っていて、僕も3児の父親ですが、僕自身の生き方とか、生活とか、考え方とか、教育とか、躾みたいなものも含めて全て呪いだと思います。

僕もまた親から呪いがかかっているし、どんな完璧な親でも呪いをかけると思うんですよね。

例えば完璧な母親でも、こんな完璧な母親にはなれないという呪いがかかることもあるし。

逆に言うと呪いをかけているというのが前提として考えて、呪いから解き放ってあげることが出来るのかはわからないですが、親は親の人生を生きればいいし、子供は子供の人生を生きればいいと思うんですよ。

過度にそこに自分の叶えられなかった夢だとか、あなたを思っての行動なのよという発言とかも聞いたりしますけど、親子も究極他人ですよね。

なので、ある程度のところで親もまた子離れをする必要があるし、子供もまた親離れをする必要があるし、自分の人生を生きて下さいって感じですかね。

他の対談はこちら

大量生産モデルの学校に馴染めない子は社会不適合なの?JERRYBEANS×小幡和輝対談(前編)

不登校でもいい。学校以外に居場所を見つけよう。河合未緒×小幡和輝対談(前編)

田舎ならではの狭いコミュニティが辛かった。吉藤オリィ×小幡和輝対談(前編)

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小幡和輝の新書はこちら

学校は行かなくてもいい漫画付き.001




新書発売と書評募集、そして誕生日感謝祭のお知らせ。
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小幡和輝 Kazuki Obata (@nagomiobata)
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小幡和輝へのお仕事依頼について

NagomiShareFund & 地方創生会議 Founder/内閣府地域活性化伝道師

1994年、和歌山県生まれ。約10年間の不登校を経験。当時は1日のほとんどをゲームに費やし、トータルのプレイ時間は30000時間を超える。その後、定時制高校に入学。地域のために活動する同世代、社会人に影響を受け、高校3年で起業。様々なプロジェクトを立ち上げる。

2017年、47都道府県すべてから参加者を集めて、世界遺産の高野山で開催した「地方創生会議」がTwitterのトレンド1位を獲得。その後、クラウドファンディングと連携した1億円規模の地方創生ファンド「NagomiShareFund」を設立し、地方創生の新しい仕組みを構築中。GlobalShapers(ダボス会議が認定する世界の若手リーダー)に選出。

「高画質」 小幡和輝プロフィール 横長


メディア出演 NHK・フジテレビ・日本経済新聞・The Japan Times など

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